第二話:初出勤。(黒焦げを添えて)
勤務初日。街の外れにある、広大な敷地に建てられた白の館。
それが私の新しい職場だった。外観は、まるで貴族の別荘地のように美しい。
空気も美味しく、鳥のさえずりが聞こえる。
(今日から初勤務頑張らないと)
やはり、ただの最高な高級介護施設ではないか。私は歩きながら、自分の幸運を確信しかけていた。
「おはようございます、ルルチーフ」
背後から声をかけてきたのは、昨日一緒に採用されたロイド(17)。
ミルクティーの柔らかそうな髪に薄藍色の瞳。
王立魔導学院の制服をきっちりと着こなし、腰には高価な魔導杖を下げている。
しかし、その表情はあからさまに不服そうだった。
「私は納得していませんからね?
なぜ、魔導学院を首席で出たこの私が、魔法も使えない貴女のような小娘の
『部下』にならなければいけないのです……。
まぁ、この施設がいかに危険か、貴女は分かっていないようだ。
精々、私の足手まといにならないよう――」
ロイドくんがイキり散らかしながら、施設の重い扉を開けた、その瞬間。
「おおお!出たな、魔王軍の刺客め!我が聖騎士団の誇りにかけて、ここを通すわけにはいかん!!」
突如、廊下の奥から猛烈な勢いでダッシュしてくる人影があった。
白い髭を蓄え、ヨレヨレの葉っぱ柄パジャマを着たおじいちゃん。
だが、その手に握られているのは、まばゆい光を放つ伝説の聖剣である。
「な、なんだあの爺さんは!?って、あの構えは……
まさか、三十年前に現役を引退したはずの伝説の剣聖。フォード卿!?」
ロイドくんが驚いた様子で目を見開く。
しかし、フォードおじいちゃんの目は、完全に据わっていた。
現役時代の戦場に魂がタイムスリップしている。
「死ねぃ!魔族めがァァァッ!」
「ひっ、お、落ち着いてください!私は王立魔導学院の――『結界』!!」
ロイドが大慌てで杖を掲げ、最高位の防御魔法を展開する。
半球体の虹色のドームが彼らを包み込み、どんな上級魔法をも防ぐ輝きを放った。
だが、フォードおじいちゃんの剣聖としての力は、記憶が巻き戻っていても健在だった。
「ふんっ!!小賢しいわい!」
ドガァァァァァン!!!……パリンッ!
鋭い気合いと共に振り下ろされた聖剣の一撃は、ロイドが誇る最高位の結界を
まるで薄いガラス細工のように粉々に粉砕した。
凄まじい衝撃波が廊下を駆け抜け、ロイドくんは哀れにも壁まで吹っ飛んでいった。
「うぐっっ!」
壁に激突し、ずるずると床に崩れ落ちるロイド。
幸い、命に別条はなさそうだが、衣服は衝撃の摩擦でボロボロ、顔は煙で黒焦げになっていた。
「ふはははは!悪は滅びたあぁぁ!さあ、次なる魔族はどこだ!」
フォードおじいちゃんが、ギラギラした目で今度は私の方を振り返る。
私の戦闘力は一般人以下。あの一撃を喰らえば、一瞬で消し飛んでお星様になってしまうだろう。
ロイドくんが床に這いつくばりながら、必死に手を伸ばす。
「に、逃げ……ろ、ルル……!あのじじい……は本物の化け物だ。話が通じる相手じゃ――」
しかし、私は逃げなかった。というか、逃げても無駄だと思い諦めていた。
私はいつも通りの「真顔」のまま、懐からスケッチブックを取り出し、ペンを滑らせた。
そして、歩み寄ってくる剣聖の目の前に、サッと掲げた。
【おはようございます。朝の体操の時間です。】
おじいちゃんがピタッと足を止めた。その鋭い眼光が、私の掲げたスケッチブックの文字に注がれる。
「あさの……たいそう……?」
【閣下からの伝令です。『訓練前に体操第一』をせよ!と。】
おじいちゃんはハッと目を大きく見開き、息をゴクリと飲み込んだ。
彼の頭の中で、記憶のパズルが奇跡的な噛み合い方を見せたらしい。
私の「閣下からの伝令」を、現役時代の絶対的な上からの命令だと勘違いしたのだ。
「閣下からの直々の伝令か……!?失礼した!自分はてっきり、魔王軍の奇襲かと!」
フォードおじいちゃんは、聖剣をサッと鞘に収めると、私の前で騎士の敬礼を捧げてきた。
「では、直ちに訓練前の体操を開始する!イチ、ニ、サン、シ……!」
ヨレヨレのパジャマ姿で、大真面目に腕を前後に伸ばす運動を始めたおじいちゃん。
私はそれを見て満足げに頷き、スケッチブックに【陛下に伝えます】
と書き足して見せてあげた。
「うむ!ご苦労であった!」
おじいちゃんは、とても嬉しそうに微笑んでいる。
その光景を、床で黒焦げになったロイドくんが、泡を吹きかけながら見上げていた。
「な……なんだ、これは……。あの伝説の剣聖を、紙に書いた文字だけで
完全に手玉に取った……?あの小娘、一体何者なんだ……!?」
こうして、私の勤務初日は、同僚が一人黒焦げになり、おじいちゃんが体操をするという、極めて平和(?)な形で幕を開けたのだった。




