第二話:初出勤。(黒焦げを添えて)
チュンチュンッ
小鳥のさえずりが朝を告げる。
森で見つけてから、ルルの家になった廃墟に朝日が差し込む。
穴が開いた赤い屋根と、すきま風が入る通気性の良い壁の外に
蔦がまるで何かを守るように絡みついている。
(もう朝か)
グ、グゥゥウウ~~
目が覚めたルルは、顔を洗いキッチンへ向かった。
紙袋を開け、昨日貰ったパンにかじりつきながら水を飲む。
(一個残しておいてよかった。イチゴジャム一番好き)
食べ終わると、支度を済ませてガタガタな扉を開け
数歩前に出た私は振り返って家を見た。
(いってきます。いつ帰って来るか分からないけどね)
街を過ぎた先の山まで目指し、歩き続けていると
木々の間に、だんだんと白い建物が大きく見えてきた。
今日は記念すべき、ルルの初勤務日。
広大な敷地に建てられた白の館。それが私の新しい職場。
外観は、まるで貴族の別荘地のように美しい。
噴水の音が聞こえてくる。
(今日から初勤務。ご飯のために頑張らないと)
トコトコと目的地へ更に歩いていると、後ろから声を掛けられた。
「おはようございます、ルルチーフ。私はロイドと申します」
昨日、一緒に採用されたロイド(17)。
(あ、警備員に引きずられていた人)
ルルは軽く頭を下げた。
ミルクティー色の柔らかそうな髪に薄藍色の瞳。
王立魔導学院の制服をきっちりと着こなし、
腰には高価そうな魔導杖を下げている。
しかし、その表情はあからさまに不服そうだった。
「私は納得していませんからね?
なぜ、魔導学院を首席で出たこの私が、魔法も使えない貴女のような
小娘の『部下』にならなければいけないのです! 」
(施設長の言った通りプライド高そう。あ、もうすぐ着くわ)
「まぁ、この施設がいかに危険か、貴女は分かっていないようだ。
精々、私の足手まといにならないよう――」
ガチャッ
ロイドくんがイキり散らかしながら、施設の扉を開けた
その瞬間。
――トスッ
「ハイッ?! 」
扉に短剣が突き刺さっているのを見たロイドくんは固まった。
ダンッ!
片足を力強く踏み込んだ一人の老人が、金色のオーラを身にまとい
私とロイド君の前に立って居る。
「おおお! 出たな、魔王軍の刺客め!
我が聖騎士団の誇りにかけて、ここを通すわけにはいかん!!」
鋭い視線を送り続けている、葉っぱ柄のパジャマに赤いマントを着たおじいちゃん。
手に握られているのは、まばゆい光を放つ伝説の聖剣。
「な、なんだ?! あの爺さんはって、あの構えは……
まさか、三十年前に現役を引退した伝説の剣聖士、フォード卿!?
本でしか見たことが無い人が、なぜここに?! 」
ロイドくんが驚いて目を見開く。
私は首を傾げた。
(そんなに強いの? でも、人に剣を向けるのは危ないわ)
フォードおじいちゃんの目は、完全に据わっていた。
現役時代の戦場へと魂が巻き戻りをしている証拠だった。
「ごちゃごちゃ、うるさい! 死ねぃ! 魔族めがァァァッ! 」
「ヒッ! お、落ち着いてください!私は王立魔導学院の――
『結界』!!」
ブオォンッ
ロイドが大慌てで杖を掲げ、最高位の防御魔法を展開する。
半球体の虹色のドームが彼らを包み込み、どんな上級魔法をも防ぐ輝きを放った。
だが、フォードおじいちゃんの剣聖としての力は、記憶が巻き戻っていても健在だった。
「フンッ!! 小賢しいわ! 」
ドガッ!! キィィインッ!
結界と、剣がぶつかり火花が散り結界はひび割れたが
まだ貫通はしていなかった。
「やりおるではないか! ならば――」
シュッと上に飛び上がった元・聖剣士は更に魔力を剣に纏わせ
勢いよく振り下ろした。
ガキィィンッ!!
ミシッ、ミシミシッ……パリンッ!
重たい一撃は、ロイドが誇る最高位の結界を
まるで薄いガラス細工のように粉々に粉砕した。
「う、嘘だろ?! 」
(キラキラして綺麗だな)
私は見上げていたが、ふと靴紐がほどけたことに気づき
しゃがんで結び直し始めた。
次の瞬間、凄まじい衝撃波が腰から上へとロイドを襲う。
壁まで吹っ飛んでいったのはロイドだけだった。
ドゴォッ!!
「うぐっっ!」
壁に激突し、ずるずると床に崩れ落ちるロイド。
(よし、結べた。あれ、ロイドくんが居ない)
私は立ち上がりキョロキョロ見渡すと、壁の下にぐったりしているロイドくんを発見した。
駆け寄った私は、ツンツンと頬をつついてみる。
幸い、命に別条はなさそうだが、衣服は衝撃の摩擦でボロボロ、顔は煙で黒焦げになっていた。
「フハハッ! 悪は滅びたあぁぁ! さあ、次なる魔族はどこだ! 」
フォードおじいちゃんが、ギラギラした目で今度は私の方を見つめた。
私の戦闘力は一般人以下。
あの一撃をくらえば、一瞬で消し飛んでお星様になってしまうだろう。
ロイドくんが床に這いつくばりながら、必死に手を伸ばす。
「に、逃げ……ろ、ルル……!あのじじい……本物の化け物だ。
話が通じる相手じゃ――」
しかし、私は逃げなかった。
逃げても無駄だと思い、諦めていたというのが近い。
私は、溜息をついた後フォードおじいちゃんへまっすぐ見つめた。
首から下げているスケッチブックを手に取り、ペンを滑らせた。
そして、歩み寄ってくる剣聖の目の前にサッと掲げた。
【おはようございます。朝の体操のお時間です】
おじいちゃんがピタッと足を止めた。
その鋭い眼光が、私の掲げたスケッチブックの文字に注がれる。
「あさの……たいそう……?」
【陛下からの伝令です。『訓練前に体操第一』をせよ!と】
おじいちゃんはハッと目を大きく見開き、息をゴクリと飲み込んだ。
彼の頭の中で、記憶のパズルが奇跡的な噛み合い方を見せた。
私の「陛下からの伝令」を、
現役時代の絶対的な上からの命令だと勘違いしたのだ。
「陛下からの直々の伝令か……!? 」
片方の膝をつき、鋭い眼差しから焦った表情に変わっていく。
「失礼した!自分はてっきり、魔王軍の奇襲かと!」
フォードおじいちゃんは、立ち上がると聖剣をサッと鞘に収める。
そして、私の前で騎士の敬礼を捧げてきた。
「では、直ちに訓練前の体操を開始する! 」
「イチ、ニ、サン、シ……!」
赤いマントをなびかせ、パジャマ姿で
大真面目に腕を前後に伸ばす運動を始めたおじいちゃん。
私はそれを見て満足げに頷き、スケッチブックに追加で加筆した。
【今日もよろしくお願いします。陛下に伝えます】
「うむ! 報告、ご苦労であった! 」
おじいちゃんは、とても嬉しそうに微笑んでいる。
その光景を、床で黒焦げになったロイドくんが
泡を吹きかけながら見上げていた。
「な……なんだ、これは……。あの伝説の剣聖から一切攻撃を受けず、
紙に書いた文字だけで完全に手玉に取った……?
あの小娘、一体何者なんだ……!? 」
こうして、私の勤務初日は、同僚が一人黒焦げになり
おじいちゃんが笑顔で朝の体操をするという
極めて平和な形で幕を開けたのだった。
(危なかった。でも、あのおじいちゃん楽しそうで良かった)
ルルは、ロイドに手を差し伸べ一緒に施設長が居る応接間へ向かった。




