第一話:君!かわいいから採用!
パサッ
机に書類数枚が、投げられるように置かれた。
「うん、不採用。次! 」
「えっ!? お、お待ちください!
私は王立魔導学院を首席で卒業した、魔導士のロイドですよ!?
なぜ、なぜ私が落とされるのですか! 」
ガタッと椅子から立ち上がった青年は、目を大きく見開き
大声を響かせた。
「いやー、なんかプライド高そうだし。
うちの職場、そういうの求めてないからさ。はいはい、お疲れ様ー」
面接官は、机横のボタンを押すと扉から警備員数名が入って来た。
青年を確認した警備員は両腕をがっしりと掴み、ドアの外へと引きずっていく。
「そんな馬鹿なァァッ! 触るな!離せ! まだ話は終わってな――」
昼間の豪華な応接室に、絶望の叫びが響き渡っていた。
後にルルの同僚(黒焦げ担当)となる青年ロイドが、
大声で叫びながら部屋から警備兵に引きずり出されていくのを
私は椅子に座ってぼんやりと眺めていた。
私の名前は、ルル。訳あって幼い頃から声が出ない。
いつも意思疎通には、首から紐で掛けている
この大きいスケッチブックを使っている。
現在は身寄りなし、貯金なしの根無し草。
極貧生活を送っていた私が、街の掲示板でたまたま見つけたのが
この求人だった。
『急募:住み込みスタッフ。未経験者歓迎!
やる気と思いやりのある方。給与:金貨50枚(毎月支給)』
金貨50枚。普通の一般家庭が2年間遊んで暮らせるだけの大金だ。
怪しい、絶対に怪しい。裏社会の仕事か、
命がいくつあっても足りない超危険地帯での労働かもしれない……。
でも喋れない小娘の私が書類通過されたくらいなら、何とかなるのでは?
もう、餓死するくらいなら、怪しい仕事に片足を突っ込んだ方がマシだ。
そう思って面接会場に足を運んだのだが……。
「じゃあ、次の方どうぞー」
コンコンコンッ
扉の中から声が聞こえた私は、ノックをしてから入った。
部屋に入ると、机には金色で熊の置物や鳥の置物や
壁には大きい絵画が飾られている。
天井には、シャンデリアが窓から入った風に揺られてキラキラ輝いていた。
(豪華な部屋。いくらするんだろう? )
部屋の奥へ進むと、頭頂部が光っているゆるい雰囲気のおじさんが
座っていた。
机の前の方に、長方形にかたどられた白い大理石が目に入った。
彫られた文字には、『王立白銀輝の園 施設長』と書いてある。
施設長は、入ってきた私を上から下までじろじろと眺める。
その後、ぱん!と両手を叩いた。
「女の子! しかも、なんか君リスみたいで可愛いね」
施設長は、手元にあった私のエントリーシートに目を通し始めた。
「えーっと、お名前はルルちゃん?
声が出ないから、スケッチブックで会話する感じ?」
私はコクコクと頷き、あらかじめ書いておいたページを開いて見せる。
【ルルと言います。どんな仕事でも真面目にやります。
よろしくお願いします】
「うーん、字も綺麗だし、何より癒やされるなぁ。
最近、むさ呼苦しい冒険者とか、
さっきのプライド高い魔導士みたいな奴ばっかり面接に来てさー。
血の気多い男ばかりで疲れちゃってたんだよね。」
(さっき部屋から出てきた男の子も魔導師の恰好をしてたな)
ルルは首を小さく傾げた。
「うん、うん! かわいいから君は採用ね! 」
私は一瞬、自分の耳を疑った。
まだ面接が始まって時間が殆ど経っていない。
(経歴も、スキルも、何も聞かれていないのに大丈夫なの? )
私は不安にかられ、慌ててマジックペンを走らせる。
【本当にいいのですか? 魔法も使えません。剣も振れませんが……】
「いーの、いいの!うちの職場、一番大事なのは『癒やし』だから!
ギスギスした奴が入るとね、おじいちゃん達の刺激になっちゃうからね」
(癒しが大事。面接で初めて聞く単語だ)
「あ、仕事内容は基本、おじいちゃんおばあちゃん達のお世話ね。
ご飯運んだり、お散歩に付き合ったり、おやつ配ったりするだけ!
簡単でしょ? 」
本当にそれだけだろうか。それだけで毎月金貨50枚も貰えるのだろうか。
自分の直感が「何か重大なことを隠している」と
全力で警告音を鳴らしていた。
私が少し考え込んでいた、その時。
グ、グゥゥウウ~~
「お腹空いたの? 」
(そういえば、昨日から何も食べてない。こんな時にお腹が鳴るなんて)
私は恥ずかしさのあまり、俯いた。
施設長は、微笑みながら机の引き出しを開けて白い紙袋を取り出す。
「ほら、これ帰りにでも食べて」
紙袋を手渡され、カサッと袋を空けて中を覗き込むと
街で入手困難なパン屋のクリームパンとイチゴジャムパンが入っていた。
香ばしいパンの香りが、ルルの喉をゴクリッと鳴らした。
(この人、いい人だ)
【ありがとうございます】
断ろうかと迷った矢先の美味しそうなパンの誘惑が、
ルルの思考をガラッと変えた。背に腹はかえられない。
(大丈夫。今まで大変な職場でやってきたじゃない)
紙袋を膝に置き、私はまっすぐ施設長を見つめた。
「契約書にサインをしてくれるかな?」
差し出された一枚の契約書には、サインから上の文章がギッチリ色々書いてある。
私は、全部は読めなかった。習っていない文字もあったからだ。
(住む場所とご飯、それに沢山のお給金。
これを逃したらいつ出会えるか分からないもの)
私は深呼吸をして、ペンを握りしめた。
覚悟を刻むように、一文字ずつ丁寧にサインをして施設長へ渡した。
頭を下げ、採用を受け入れたのだった。
「あ、そうそう。チーフが抜けたから、君はチーフね!後さ――」
部屋を出ようとした私に、施設長が思い出したように軽い調子で声をかけてきた。
「さっき不採用にした魔導士くんだけど
不採用にするの可哀想だから、ルルちゃんの『部下』として雇うことにしたよ。
力仕事とか、盾が必要な時は、遠慮なく彼を使い潰してね!」
(ん? 今、盾とか使い潰すって? どういうこと?)
不穏な単語が聞こえた気がしたが、私は静かに頷き
気づかないフリをして足早に応接室を後にしたのだった。
階段を降りると、女性が駆け寄って来た。
「ルルさんですね? 」
一階の受付の人だった。そのまま、制服だと言われたエプロンを貰った。
明るい茶色で固めの素材。
私は、採用された事の実感がまだない状態のふわふわした感覚で
そっとゴワゴワした生地を指で撫でた。
(本当に採用されたんだ。もう草を食べなくていいんだ)
「勤務先の地図と開始日はこちらの紙に記載しています」
一枚の紙を受け取った私は頭を下げ、外へとゆっくり歩きだした。
(良かった。ご飯が毎日食べられてお金ももらえる)
ルルの足取りは、いつも以上に軽やかだった。




