第十四話:大賢者のリベンジ
「聖獣様!おはようございます!」
おじいちゃんおばあちゃんは、朝起きると聖獣へ
挨拶をするようになっていた。
ふかふかの高級布団から、声を掛けられる度に顔を出すチビドラゴン。
「キュッ!」
『みんな、おはよう』
「聖獣様が返事をしてくださった!!今日はいい日になるぞ!」
朝、中々起きてこない人達が規則正しくなっていった。
朝食の片づけを終えた私は、チビドラゴンに話しかける。
【ちびちゃん。今日はお留守番】
『え?皆でどこか行くの?』
【カボチャを採ってくる。】
『わかった。お留守番がんばるね』
私はチビドラゴンを撫でてから皆と合流しに外へ出た。
魔導サツマイモの騒動から、さらに数日後の裏庭の畑は……。
エルミナおばあちゃん(推定800歳・エルフの大賢者)の魔力のおかげで、
信じられないほどの急成長を遂げていた。
今日のおやつのメニューは、みんなが投票していた。
『ハニーパンプキン・シフォンケーキ』。
その材料となるカボチャを収穫するため、
私はいつものように手ぬぐいを頭にキュッと巻き、軍手をはめ畑に立っていた。
「ほっほっほ!見てごらんなさい!今日の私は一味違いますよ。世界樹の慈愛をたっぷり注ぎ込んで、極上のカボチャを育てておきましたからね!」
車椅子の上で誇らしげに胸を張るエルミナおばあちゃん。
まったく歩けなかったおばあちゃんは、1日数時間はゆっくり歩けるようになっていた。
しかし、その背後にそびえ立つ「それ」を見た瞬間、近くでバケツを持っていたロイドくん(本日まだ無傷)の顔から、一瞬で血の気が引いていた。
「あ……ルルチーフ……あれカボチャのツルじゃないです……。
あれは、魔界の最深部にしか生息しないと言われる、伝説の禁忌植物――」
「シャァァアアッ!!!」
地響きと共に土を割って現れたのは、カボチャではなく、おぞましい牙がびっしりと生え揃った巨大な『人食い花』だった。
体長は優に7メートルを超え、ネバネバとした溶解液を滴らせながら狂暴に触手を振り回している。
エルミナおばあちゃん、またしても魂が巻き戻りして魔力を込めすぎてしまったらしい。
「ギャァァァァッ!?人食い花だぁぁぁ!食べられる、みんな食べられちゃうよ!逃げてーー!!」
ロイドくんが泣き叫びながら杖を構え、上級防御魔法を展開しようとする。
しかし、人食い花が放った凄まじい咆哮(超音波)の一撃で魔法は散っていく。
ロイドくんは本日一発目の、「花の蜜まみれの黒焦げ」になって地面に転がった。
人食い花は完全に興奮状態に陥り、大きな口を開けて私に向かって一気に噛みついてこようとする。
「くっ、マスターが危ない!」
おじいちゃん達は、それぞれの武器(スプーンや孫の手)を構えかけた。
だが、私は一歩も動かず、至近距離まで迫った人食い花の巨大な顎の前に、スケッチブックをバッと掲げた。
そこには、太いマジックペンで、一言だけこう書かれていた。
【これじゃない、却下。次】
――ザワッ……!!!
その瞬間、裏庭全体の空気が凍りついた。
少女の放った、底知れない「おやつ(カボチャ)を間違えられた落胆」。
それがあまりにも冷徹で、静かなる覇気をまとっていた。
人食い花は噛みつく寸前でピタッと動きを止め、全身の葉っぱをガタガタと震わせ始めた。
(コレジャナイ……?この小娘、獲物じゃなくて『捕食者』の頂点なのか……!!)
そして、何よりも激しく「ざわざわ」とし始めたのは、おじいちゃんやおばあちゃん達のほうだった。
「マスターが……お怒りだ……!
『これじゃない』という、短くも絶対的な拒絶の一言……!
何という絶望の言霊か……!
今日は我、力を封印されたかのように出ぬのだ……!己が情けない!!」
ベルゼおじいちゃん(元魔王)が冷や汗を流しながら戦慄する。
「お、おのれ……!我らがマスターに『これじゃない』などという無駄足を踏ませるとは……!」
フォードおじいちゃん(元剣聖)も、己の不手際のように悔しがっている。
そして、その言葉を一番重く受け止めたのは、生みの親であるエルミナおばあちゃんだった。
「ひ、ひ……っ!マ、マスターを怒らせてしまったわ……!
大賢者と呼ばれたこの私が、たかがカボチャ一つまともに育てられず
あんな不気味な人食い花を作ってしまうなんて……!
恥ずかしい、エルフの名折れです、猛省いたしますわ……!!」
エルミナおばあちゃんは、かつて世界を救った時すら見せたことのないような、必死の形相で車椅子から身を乗り出した。
おばあちゃんの瞳に、ガチの「大賢者」としてのプライドという強烈な執念が燃え上がる。
「マスター!2回目は絶対に成功させてみせます!
植物の精霊たちよ、我が真の全魔力を捧げるから、
今すぐマスターの望む『最高に甘くて美味しいカボチャ』になりなさーーーい!!」
おばあちゃんの手から放たれた2回目の古代エルフ魔法は、さっきの比ではない神聖な黄金の光を放った。
「ギェェェーッ!?」
その光を浴びた人食い花は悲鳴を上げながら、光の速さで自らの肉体を構築し直していく。
獰猛な牙は消え去り、溶解液は甘い蜜へと変わり、巨大な花弁は急速に丸みを帯びていった。
シュルシュルシュル……ドスン!!!
光が収まった畑の中心に転がっていたのは――。
大人が三人で抱えきれないほど巨大で、内側から黄金の輝きを放つ
絵に描いたような『伝説のゴールデン・ハニーカボチャ(適正サイズ・超完熟)』だった。
私は一歩歩み寄り、そのカボチャをトントンと叩いて繊維の具合を確かめた。
完璧な出来栄えだ。裏ごしすれば、最高に滑らかなデザートになる。
(すばらしいカボチャ……絶対甘い。)
私は満足して、親指を立てた後スケッチブックのページをめくった。
【よくできました。とっても美味しそうなカボチャ】
【エルミナおばあちゃん、ありがとう】
「ほ、ほおぉぉぉぉ……っ!よかった、マスターに認めていただけたわ……っ!」
エルミナおばあちゃんは、まるで神の赦しを得たかのように救われた表情になり、ハンカチで涙を拭った。
「2回目でマスターの『正解』を引き当てるとは、流石は大賢者」
「うむ、これで今日のおやつは約束されたな」
その横では、ベルゼおじいちゃん達がと深く頷き合っている。
地面でベタベタになりながら、ぐったりしているロイドくんがガタガタと震えていた。
「ま、魔界の禁忌植物を、ただの一言『これじゃない』という精神汚染(ダメ出し)だけで完全に恐怖させ。
大賢者の潜在能力を限界突破させて『2回目で奇跡の品種改良』を成功させるなんて……。
チーフは、生物の進化すら一言で支配する、本物の『創造主』なんだ……!」
(いや、ただのお願いしただけ。人食い花じゃ、おやつ作れないし……。それよりロイドくん。
早くお風呂入らないと、蜜にカブトムシが寄ってきちゃうよ?)
こうして収穫されたゴールデンカボチャは、
ルルの手によって最高級のハニーパンプキン・シフォンケーキへと姿を変えた。
【紅茶と一緒に、ゆっくり食べて】
「御意!!!」
「キュッ!!」
チビドラゴンとおじいちゃん、おばあちゃん達は、一口食べるごとに顔が笑顔になっていく。
「美味じゃ……。なんだ……この雲のような、ふわふわ食感は」
「添えられた生クリームを付けると、さらに美味しいわ!」
「キュッ!キュキュッー!」
(おかわり!!美味しすぎる!)
少女は真顔だが心は皆の笑顔が見れて喜んでいた。
今日も世界で一番贅沢で、世界で一番安全なケアセンターの
『マスター』として、少女はおやつを配り続けるのだった。




