第十一話:体育祭と、国王が舞うフォークダンス
「赤組がんばれー!白組も負けないでくださいー」
施設長のゆるいアナウンスが、特別に借り切った王国最大の競技場に響き渡る。
国王からの予算が少し増え、遠足での盗賊団殲滅の功績により
国から招待された。手紙の文末には……。
「是非これで広い場所を使って気分転換(程よく発散)を……!」
と、震えた文字で書いてあった。
「やっと着きましたね……うぅ」
「大丈夫かい?会場までもう少しだから頑張って」
馬車酔いでぐったりしているロイドが、施設長の肩をかりて
よろよろと歩いていく。
ここは施設から馬車の乗り2時間くらいで着く国営スタジアムだ。
観客席には、この世の終わりを見届けに来たような疲れた顔の国王や、冷や汗で鎧をサビつかせている騎士団がギッシリと詰めかけている。
私の腕には「救護班」の腕章を巻き、手にはスケッチブックを持って本部席に立っていた。
「……では、選手宣誓を始めます。赤組代表、フォード殿、白組代表、ベルゼ殿、前へ!」
施設長の緩い掛け声とともに、スタジアムの中央に二人が進み出た。
一人は伝説の剣聖、もう一人は魔界を統べた大魔王。
彼らが並び立つだけで、観客席の地面がミシミシと悲鳴を上げ、競技場の芝生が恐怖で枯れ始めた。
「コホン! 我ら赤組部隊は、マスターの慈愛と栄光の下に、正々堂々と戦うことを誓う!」
フォードおじいちゃんが右手を高く掲げると、空から凄まじい稲妻が一瞬スタジアムを照らした。
もはや運動会の誓いではない。国家存亡をかけた出陣の儀式である。
「うぉぉぉおおおおお!!」
背後の赤組(おじいちゃん達)が、雄叫びと共に槍や盾を天にかざす。
「我ら白組は、マスターの御心を称え、暗黒の炎をもって勝利を捧げん!」
ベルゼおじいちゃんが叫ぶと、今度はグラウンド全体が黒い瘴気に包まれ、観客席の国王が青ざめて頭を抱え始めた。
(……なんか、普通に戦争の始まりみたいになってるな)
ロイドくんと私は、腕章をギュッと握りしめながら、冷や汗で濡れた手元でスケッチブックを掲げた。
【すぐ競技を始めてください。スタジアムが持ちません】
最初の競技は、運動会の定番『玉入れ』である。
「フハハハハ!白組の勝利は、我が暗黒の魔力でもたらしてくれよう!」
白組の大将、ベルゼおじいちゃん(1200・元魔王)が立ち上がり、
手にした玉に禍々しい漆黒の炎をまとわせた。
「おのれ魔王め……そうはさせるか!我が聖剣の導きで赤き者達を勝利に導いてやる!」
赤組の大将、フォードおじいちゃん(82・元剣聖)が、手にした玉を超えるスピードで投げつける。
二人が放った玉は、空気摩擦で激しく燃え上がり、さながら隕石となって天空のカゴへと殺到した。
ドガガガガガガガッ!!!
カゴを支えていた中央の頑丈な大木が、一瞬で木っ端微塵に爆発炎上。
周囲の空間ごと消し飛び、グラウンドに直径十メートルの大穴が空いた。
「ひ、ひえぇぇぇっ!?玉入れで地形が変わったぞォォォッ!?」
観客席の国王が悲鳴を上げ、机から身を乗り出した。
私は真顔のままトコトコと歩み出で、黒煙が立ち込めるクレーターの前に立ち、
バッとスケッチブックを掲げた。
【壊したので、両者失格。おやつ(スイカシャーベット)は半分】
「な、何だとぉぉぉーーーッ!?」
「お、お前のせいだからな!フォードよ!!」
世界を滅ぼせる二大巨頭が、同時に頭を抱えて絶叫し、その場に崩れ落ちた。
「マスター!お許しを!スイカの果肉が入ったあの冷ややかな至高の甘味を、半分にされるなど殺生な……ッ!」
「うう、我が全盛期の誇りが、スイカシャーベットの前に屈するとは……ッ!」
(いや、おやつを減らされるのが嫌なら、ちゃんとルールを守って優しく投げて)
私のカンペにより、競技場に一瞬で平穏がもたらされた。
化け物たちが一斉に小さくなってシュンとしている。
「続いての競技は、障害物競争です!位置について下さい」
グランドにロイドのアナウンスが響いた。
ここで満を持して登場したのは、エリザおばあちゃん(83・元最強テイマー)。
彼女は「障害物」として用意されていたただの平均台や麻袋を完全に無視し、マイペットのコッコちゃん(体長5メートル・元不死鳥)を召喚してその背に飛び乗った。
「さあ行くよ、コッコちゃん!障害などすべて焼き尽くして勝利を勝ち取るよ!!」
「コケェェェーーーッ!!」
不死鳥が数千度の炎を撒き散らし、グラウンドの魔導障壁をドロドロに溶かしながら猛進するコッコちゃん。
「あ、チーフ!助けて、ゴールテープを持ってる私の命が危な――ギャァァァッ!?」
ゴール前でテープを引っ張っていたロイドくんが、熱波の直撃を受けて本日一発目の「ウェルダン(よく焼き)の黒焦げ」になって吹き飛んだ。
このままではスタジアム全体が灰になる。そう判断した私は、いつもの「真顔(本日一番のブチ切れ超ジト目)」になり
スケッチブックに文字を殴り書きして、突っ込んでくる不死鳥の眼前に立ちはだかった。
【コッコちゃん、分かってるよね?約束は?】
ピキィィィィン……ッ!!!
突進の風圧で私の前髪がフワリと浮いた瞬間、不死鳥・コッコちゃんの脳髄に神の如き恐怖(生存本能)が走った。
(ヤクソク……!!!忘れてた!これ以上、怒らせたら鳥スープにされる……っ!!!)
「コ、コケェ……(スンッ)」不死鳥は猛スピードのまま、綺麗に翼をたたんでブレーキをかけ、
借りてきた猫のように小さくなってグラウンドに正座(鳥座)した。
「コッコちゃん?どうしたの?ほら!飛びなさい!」
手綱を上下に振るが、コッコちゃんは(勘弁してくれ……。)という目でおばあちゃんを見上げ、怯えている。
それを見た観客席の国王と騎士団は、恐怖のあまり全員がシーンと静まり返った。
「み、見たか……。あの『終焉の巨鳥』が、少女の一睨みと紙切れ一枚で、完全に戦意を喪失してペットになり下がったぞ……!
ただの救護班の格好をしておきながら、このスタジアム(世界)の生殺与奪の権を握る、真の『体育祭の覇王』なんだ……ッ!!」
どこまでいっても、彼らの深読みと勘違いは止まらない。
ピィーーーー!
笛をならした施設長が、拡声器魔道具でアナウンスした、
「はい!そこまで!えー、競技続行が難しいので一旦終わりにしますー」
結局、その後。おじいちゃんとおばあちゃん達は驚くほどお行儀よく
「フォークダンス」を開始した。
平和になったグラウンドで、伝説の英雄たちが手を取り合って円を作っている。
しかし、唯一ポツンと本部席で立ち尽くしていたのが、腰を抜かしたままの国王だった。
(ダメだ……今の恐怖で、王の威厳もプライドも全て灰になった……もう城に帰りたい……)
そんな国王の前に、私はトコトコと歩み寄った。
そして、スケッチブックを掲げる。
【陛下も踊りましょう】
「……は? いや、私は王だぞ? このような庶民の……」
私は真顔のまま、国王の手をグイッと掴んだ。
抵抗? できるわけがない。今や、この体育祭(世界の運命)の覇王なのだから。
「ひっ!? わ、わかった! 踊ればいいのだろう!?」
音楽が鳴り響く中、伝説の魔王や剣聖たちに囲まれて、国王はぎこちないステップを踏み始めた。
周囲には、同じく恐怖で震えながら、無理やりダンスに引きずり込まれた騎士団の面々もいる。
「……ワシ、何やってるんだろう」
国王は涙目でボソリと呟いた。
さっきまで「玉入れで地形が消滅する」光景を恐れていたのに、
今や「元魔王」と右手を繋ぎ、「元剣聖」と左手を繋いでいる。
「おい国王よ、足がもつれているぞ。マスターのダンスに泥を塗る気か!」
「……くっ、やかましいわ! 精一杯やっておるわい!!」
(……仲良さそうで何より。やっぱり運動会はフォークダンスがないとね)
私はその光景を、満足げに見守った。
音楽が終わると、本部のテントから歩いてきた施設長が笑っていた。
「ルルちゃんと国王のダンス最高だったよ!いい体育祭だった!」
満面の笑みで親指を立てている施設長。
隣に来たロイドくんもアフロヘアから煙を出しながら
「マスターの体育祭……最高でした……」
と親指を立てた。
体育祭は平和(?)に幕を閉じた。
私は、スケッチブックをパタンと閉じ次のカンペを掲げた。
【皆さん、お疲れ様でした。約束通り、シャーベットの時間です
(ベルゼさんとフォードさんは半分です)】
「おおお!マスター、万歳!!」
「うおぉぉぉ……半分……」
少女は今日も真顔のまま、世界で一番狂暴で、世界で一番平和な運動会の『マスター』として、冷たいおやつを配り続けるのだった。




