第九話:世界が滅びる確率、スタッフの不手際につき
コッコちゃん(不死鳥)が毎朝産んでくれる新鮮な卵で作った極上プリンを食べ終え。
おじいちゃん達が満足そうに二回目のお昼寝に入った頃。
『白銀輝の園』の応接室には、言葉にできないほどの重苦しい空気が満ちていた。
「……ふん。プリンで我が口を塞ぐとは、危うく懐柔される所じゃったわい」
口ではそういっても、まんざらでもなさそうな顔の男。
豪華な毛皮のマントを羽織り、ソファにふんぞり返っているのは……。
今後、自分の息子に王位を譲って隠居する予定の『国王』である。
彼の背後には、国で最強と呼ばれる『騎士団』の面々が厳つい鎧を着込んでずらりと控えていた。
私はいつも通りの真顔で、お茶の入った湯呑みを元国王の前にそっと置いた。
「おい、無礼な。王である私に、このような安物の茶を出すなど!――」
「いやー、陛下!遠いところわざわざ視察ご苦労さまでーす!」
国王の言葉を遮るように、いつものゆるいトーンで入ってきたのは頭頂部が輝く我が施設の施設長だった。
施設長は小脇に何やら書類を抱え、私の隣のパイプ椅子にドカッと座る。
「ちょうど良かった。今月の『定期業務報告』がまとまったんで、
サクッと発表しちゃいますね。ルルちゃんも一緒に聞いてて」
私はコクコクと頷き、スケッチブックを膝に乗せた。
「ほう……。世界のパワーバランスを揺るがす化け物どもの管理データか。
国家の命運を左右する極秘情報、聞かせてもらおう」
国王は、ゴクリと唾を呑んで身を乗り出した。
背後の騎士団たちも、冷や汗を流しながらノートを取り出す。
施設長は、書類をペラリとめくると、実にあっけらかんとした声で
「えー、まずは『今月の脱走率』です。先月に比べて、なんと8%低下しました!」
「な……ッ!?」
国王がガタッと椅子を鳴らして驚愕した。
「あの、かつて幾つもの国家の監獄を紙のように破って脱獄した『伝説の暗殺者』や『大魔王』たちの脱走率を、さらに低下させただと……!?
どんな強力な結界を上乗せしたというのだ……!?」
施設長は、国王の驚きなど気にせず話を続ける。
「理由は、ルルチーフ考案の『毎日のおやつ』と『足湯』がとても大好評だと思われます!
ぐっすりねむってくれて夜間の徘徊(脱走)が激減したからです!」
(お湯の温度もこだわりましたよ。ふくらはぎまで温めると、皆さんよく眠れるみたいです)
私が心の中でそんな事務的な感想を抱いていると、国王は口をパクパクと開けては閉じてを繰り返していた。
「あ、足湯……!?『肉体の自由を奪う精神操作系の禁忌呪術』を……。
この小娘は『足湯』という隠語で呼んでいるのか……!何という恐ろしい術式……!」
勘違いの加速が止まらない。しかし、施設長の発表はさらにヒートアップする。
「続きまして、最重要項目!
『スタッフの不手際により、入居者の皆さんを怒らせてしまった率』の発表です!」
「な、何だと……?『入居者を怒らせてしまった率』……!?」
国王の背中に、ドッと冷や汗が流れる。騎士団の面々も、筆を震わせながらその言葉を書き留める。
「はい!今月は、ロイド君がフォードおじいちゃんの神剣を勝手に砥石代わりに使った件。
洗濯係が、間違えて洗濯したポケットに入居者さんが紙に書いた魔法陣が暴走した件。
ルルチーフの指示を忘れてベルゼおじいちゃんに激辛ハンバーグを出した件……。
他にも色々と……この不手際により、入居者の皆さんを怒らせてしまった率は38%を記録しました!」
「ひっ!なんという数字だ……」
国王が、恐怖のあまりソファから転げ落ちそうになっていた。
「あの『剣聖』や『魔王』が、スタッフの無能さで機嫌を損ね、世界を滅ぼす危機を何度も招いているというのか……!?
怒らせ率38%……!?ほんの僅かでも機嫌を損ねれば、この世界は塵と化す……
絶対的な由々しき事態だ……!!」
部屋の隅では、アフロヘアになったロイドくんが、深く頷いていた。
「その通りです、国王陛下。この施設のスタッフがドジを踏むたびに、
あの入居者(偉人達)の機嫌は損なわれ世界は滅亡の縁に立たされるのです……。
私はそのたびに、盾として焼き焦げ、入居者の皆様の怒りを一身に受けているのですから……!」
「ロ、ロイド……!お前すら、この狂気をもう受け入れているとは……!」
国王は、もはや恐怖のパラメータが振り切れていた。
自分が視察したこの施設は、最強の怪物が集う場所ではなく
入居者の機嫌という「爆弾」を、無能なスタッフがギリギリで管理し続ける「世界の終着点」なのだと悟った。
王は、プライドも王族の威厳もすべて投げ打って床に膝をつき、私に向かって頭を擦り付けた。
「先ほどの無礼の数々……。お、お許しください、マスタールル……!
貴女の統べるこの『最凶の組織』を、愚かにも視察などと……!
予算(おやつ代)は倍どころか五倍にします!どうか、どうか我が国をお守りください!!」
「ははは、五倍だって!やったねルルちゃん!」
施設長が軽いノリで笑う。私は、眉毛をピクピクさせながら、そっとスケッチブックをめくった。
【五倍? ありがとうございます】
それを見た国王は、涙を流しながらさらに深く絶望した。
「(……ッ!国家転覆すら可能な戦力を掌握しつつ、スタッフの不手際を耐え忍ぶこの謙虚さ……!
『五倍……。程度だと思っているのか?』という遠回しの脅迫か……!!)」
どこまでいっても、彼らの深読みと勘違いは止まらない。
(ダメだ……国王も勘違いが酷すぎるよ……。)
私は諦めて、部屋を後にした。
少女は今日も無表情のまま、世界で一番危険で、世界で一番平和なケアセンターの『マスター』として、夕飯の準備をするのだった。




