第91話 わしには、わからん
それから数日、ピリカはまず、自分で考えてみた。
でも、何も出てこなかった。
だから——ローザに言ったとおり、いつもの手に頼ることにした。困ったら、お師匠様に聞く。弟子入りしてから、ずっとそうしてきた。触媒のことも、ブランドのことも、聞けば必ず、何かが返ってきた。
今回も、きっと。
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夜。グリモワルドの家の居間。
「お師匠様。ドライヤーって、もうちょっと魔力を使わずに、動かせないでしょうか」
「ん? なんでじゃ」
グリモワルドは、本を読みながら、顔も上げなかった。
「魔力が少ない人が長く使うと、気分が悪くなるんです。返品も、増えてて。——使う魔力の量をもっと減らして、同じ温風を出したいんです」
「ふむ」
ぱたん、と。
グリモワルドが、本を閉じた。
珍しく——ちゃんと考える顔に、なった。
「……術式の無駄を削る、というのは、もうやっとるしのう」
「はい。職人さんたちも、これ以上削るところはないって」
「じゃろうな。あれはわしが出したまま、ほぼ最短じゃ」
沈黙。
グリモワルドが、腕を組んだ。
「……温風を出すには、熱を生み出すじゃろ」
「はい」
「熱を生み出すには、相応の魔力が要る」
「はい」
「出す熱を減らせば魔力も減るが、それでは温風がぬるくなるだけじゃ」
「はい……」
「同じ熱を、より少ない魔力で生み出す方法……」
長い、長い沈黙だった。
暖炉の薪が、ぱちりと爆ぜた。
ピリカは、待った。お師匠様がこんなに長く考え込むのを、初めて見た。コーヒーにも、手を伸ばさない。
やがて。
「……ないのう」
「ない、ですか」
「熱を生み出せば良かろう……? 他に、何がある」
それは、開き直りでは、なかった。
「……正直に言うとな」
グリモワルドは、組んでいた腕を、ほどいた。
「わしは、このドライヤー程度の消費魔力で、困る者がおるとは——想像も、しておらんかった。わしにとって魔力とは、大魔法でも使わんと、減った気すらせんものでな。『足りなくなる』という感覚そのものが……わしには、ない」
困ったことのない者は、その困りごとを、思いつくことすら、できない。
「すまんの。わしには、わからん」
静かな声だった。
茶化しも、誤魔化しもない。考えて、考えて、それでもわからなかった者の、まっすぐな声だった。
「……いえ。ありがとうございます」
ピリカは、頭を下げて、立ち上がった。
⸻
自分の部屋に戻って、ベッドに腰を下ろす。
——お師匠様でも、わからないことが、あるんだ。
不思議な感覚だった。
いつだって、あの人は何でも知っていた。真空も、電気も、触媒も、ブランドも。私の世界は、あの人の知識の中に、まるごと収まっていた。
その外に、初めて、出てしまった。
怖い。頼れる人が、いない。
——でも。
胸の奥の、ずっと深いところで、何かが小さく、ちりっと音を立てた。
怖いのに。困っているのに。なぜか、ほんの少しだけ——わくわく、している。
(誰も知らないってことは……まだ、誰も見つけてないってことだ)
ピリカは、机に向き直った。
答えは、お師匠様の中にはない。
なら——自分で、見つけるしかないんだ。




