表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔法の才能ゼロの令嬢に最強ジジイが科学を教えたら?→A.めっちゃ無双する:【才無し侯爵令嬢と魔法ジジイの科学革命】の各話一覧  作者: Koh


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
91/98

第90話 廉価版ドライヤー


 その日、三本目だった。


「あの……ごめんなさいね。これ、お返ししたくて」


 カウンターの上に、布に包まれたドライヤーが、そっと置かれた。


 商家の奥さんらしい、身なりのきちんとしたお客様。申し訳なさそうに、何度も頭を下げている。


 包みの中身は、先ごろ売り出したばかりの、廉価版だった。飾り彫りを省いて、材料を見直して、職人さんたちと一緒に、削れる原価も製造の手間も、全部削って——値段を、ぐっと抑えた型。貴族のお屋敷だけじゃなく、商家や、職人の家にも魔道具を届けたい。そのための、ピリカ渾身の、次の一手だった。


「品物は、とってもいいのよ。髪も、あっという間に乾くし。ただ……その、私には、ちょっと重くて」


「重い、と申しますと——持った感じが、でしょうか」


 ローザが、静かに聞き返す。


「ううん、そうじゃなくて」


 お客様は、少し言いにくそうに、声を落とした。


「使っていると……頭が、ぼうっとしてくるの。長く使った日は、夕方まで、身体がだるくて。……私、魔力が少ないものだから、きっと、それで」


「さようでございましたか。お辛い思いをさせてしまい、申し訳ございません」


 ローザは深く頭を下げて、丁寧に返金の手続きをした。


「ご無理はなさらず。——またのお越しを、心よりお待ちしております」


 お客様は、最後まで「いい品なのよ、ほんとうに」と繰り返しながら、帰っていった。


 ピリカは店の奥から、そのやり取りを、じっと見ていた。



 閉店間際。


 お客の絶えた店内で、ローザが備品のドライヤーを手に取った。明日の実演の練習だ。新しく入った試し用の髪飾りに、温風を当てて、動きを確かめている。


 その横顔が——ふと、白くなった。


「ローザ、大丈夫?」


「あ、はい。大丈夫です。ちょっと、慣れていないだけで」


 ローザはすぐに、いつもの顔に戻った。


 ——慣れていないだけ、ではない。


 ピリカには、わかっていた。


 ドライヤーは、使う人の魔力で動く——職人たちから、今までの魔道具と対比して「グリモワルド式」と呼ばれている仕組みだ。魔力の多い貴族には、何でもない消耗。でも、ローザには、重い。こまめに休みながらなら、一日の実演販売だって務め上げる。それでも、閉店後の練習まで重ねれば——ああして、顔から色が抜ける。


 そして今日のお客様は、そのローザより、ずっと早く参ってしまうらしい。……もしかしたら、ローザは平民の中では、魔力が多いほうなのかもしれない。店で誰よりドライヤーに慣れているあの子で、あれなのだ。


 ピリカ自身、似たようなものだった。長く使うと、じわじわと、底のほうから削られる感じがする。だから自分は、こまめに休みながら使う癖がついている。


 でも——その「癖」を、お客様は知らない。


「……便利、なんですけどね」


 ローザが、手の中のドライヤーを見つめて、ぽつりと言った。


「便利、なんですけど。——私たちには、ちょっと、重くて」


 私たち。


 その言葉が、ピリカの胸の真ん中に、ことんと落ちた。



 閉店の札を出して、二人で棚を整えながら——ピリカは、ぽつりと言った。


「今日の、三本目のお客様さ。……きっと、一生懸命お金を貯めて、買ってくれたんだと思う」


「……はい」


「品物はいいのよ、って、最後まで言ってくれてた。悪いのはこっちなのに、謝りながら、帰っていった。——ねえ、ローザ。今後は『問題なく使えるかどうかを試す用』を、売る前に試してもらうようにしようか。『魔力量が足りないと、体調に問題が起きる可能性があります』って、ちゃんと書いてさ」


「お嬢様。……お気持ちは、わかります。ですが——お客様の症状は、長くお使いになって、初めて出るものです。店先で少しお試しいただいたくらいでは、きっと、わかりません。『大丈夫』と思ってお持ち帰りいただいて、お家で、同じことが起きるだけかと」


「それは、そうだよねぇ……」


 ローザの言うことは、正しい。注意書きを添えることは、できる。やらないよりは、ずっといい。でも、それは——傷に当てる布であって、傷を治す薬じゃない。


「……やっぱり、根本は『使う魔力量を減らす』ってところだよね。お師匠様にも、相談してみる」


「はい。よろしくお願いします」



 その夜。


 店の帳場で、ピリカは返品の記録を見返していた。


 今月、五件。理由の欄には、似たような言葉が並ぶ。『気分が悪くなる』『疲れる』『私には、合わないみたい』。


 五件。たった五件——ではない、と思う。返しに来られた人が五人なら、黙って棚にしまい込んだ人は、その何倍もいるはずだ。


 ——そして、思い出した。


 お披露目の会の、あのメイドさん。


 夫人の長い髪を乾かし続けて、ふらりとよろめいて——壁際で、そっと頭を押さえていた、あの人。


 あのときの小さな違和感は、歓声にまぎれて、流れてしまった。


 (……流しちゃ、いけなかったんだ)


 ドライヤーは売れている。ピリカ・ピリーラは繁盛している。職人さんたちが改良を重ねて、軽くなって、静かになって、安全になって——いい商品に、なったはずだった。


 でも、その「便利」は——魔力のある人の、便利だ。


 魔力の少ない人には、重い。


 昔の私と、同じ側の人たちには。


 値段なら、下げられる。廉価版では、職人さんたちと、削れるものをちゃんと削った。原価も、手間も。それでも、職人さんたちの利益は、ちゃんと残す。利益を残したうえで、手が届く値段に抑える——そのために、いくつもの壁を、越えてきたつもりだった。


 でも、ほんとうの壁は、そこじゃなかった。


 ピリカは、帳簿の端っこに、小さく書きつけた。


 『魔力が少ない人でも、ほんとうに楽に使えるものを』


 書いてから、しばらく、その一行を見つめた。


 ——どうやって?


 答えは、まだ、どこにもなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ