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魔法の才能ゼロの令嬢に最強ジジイが科学を教えたら?→A.めっちゃ無双する:【才無し侯爵令嬢と魔法ジジイの科学革命】の各話一覧  作者: Koh


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第79話 いつかの未来——六代目店主

「——さて。今日は、特別ゲストをお招きしています」


 歴史教師がそう言うと、教室がざわついた。


「王都の大通りに、皆さんもよく知る老舗がありますね。あの『ピリカ・ピリーラ』の——六代目店主さんです。どうぞ」


 拍手の中、品の良い身なりの店主が、にこやかに教壇に立った。


「ご紹介にあずかりました。ピリカ・ピリーラで六代目店主を務めております。本日は、店の歴史について、少しお話しに参りました」



「皆さん、うちの店には、入ったことがありますか?」


 ぱらぱらと、手が挙がる。


「ありがとうございます。一階は皆さんもご存じの通り、店舗でございます。——二階は、工房になっております。今も職人が、初代様の頃と同じ製法で、手作業で品を作っています」


「同じ製法……数百年、変えてないんですか?」


「変えていないものも、ございますよ。——たとえば」


 店主は、鞄から小さな瓶を取り出した。琥珀色の液体。教室の前の方の生徒が、あっ、と声を上げた。


「ローズシャンプーだ。うちのお母さんが使ってます」


「ご愛用、ありがとうございます。——このシャンプー、初代様の頃から、レシピがほとんど変わっておりません。香りは、南の谷の青いバラ。これは——初代様のお母様、ミランダ・ベルフォード様の、お好みになった香りと伝わっております」



 教室が、少しざわついた。


 数百年続く大ブランドの、看板商品。その原点が——お母さんの好きな香り。


「意外ですか?」


 店主は、ふふ、と笑った。


「100年以上続く商品のベースとなったものは、壮大な計画でも、緻密な戦略でもなく——お母様が、ご自分で選ばれた香りだったんですね。ずっとお好きだった香りを、娘である初代様が、大切に守り続けた。——その親子の愛が、ずっと続くブランドのアイデンティティを、作りました」


「……変えようと思ったことは、ないんですか?」


 生徒の一人が、手を挙げて聞いた。


「いい質問です。——実は、三代目が一度、香りを当世風に変えようとしたそうです」


「どうなったんですか?」


「お客様に、たいへん叱られたと、記録に残っております」


 教室に、笑いが起きた。



「もうひとつ、香りにまつわるお話を」


 店主は、鞄からもう一つ、小さな瓶を取り出した。今度は中身が入っていない、空の瓶だった。


「うちの店には、昔から"特別な注文"がございまして。——貴族のお客様から、香水のオーダーメイドをお受けしているんです」


「香水のオーダーメイド……?」


「ええ。ただし、普通のオーダーメイドとは少し違います。お客様には、まず——思い出を、お話しいただくんです」


 教室が、きょとんとした。


「思い出……ですか?」


「はい。たとえば——『幼い頃、祖母の庭で摘んだ花の香りが忘れられない』とか。『婚約の日に歩いた並木道で、雨上がりの木の葉が香った』とか。どんな季節で、どんな時刻で、風はどちらから吹いていたか。そばに誰がいて、何を話していたか。——とにかく詳しく、じっくりとお聞きするんです」


「それで……香りを、作るんですか?」


「その思い出が甦る香りを、目指します。嗅いだ瞬間に、あの日のあの場所に、ふっと戻れるような。——ですから、同じ香りはこの世に二つとございません」


 生徒たちが、息を呑んだ。


「そして——これには、もうひとつ、大事な決まりがあります」


 店主は、空の瓶を教壇の上にそっと置いた。


「その香りは、注文されたご本人と、そのご家族にしか、絶対にお作りしません。ご本人が亡くなられた後も、ご家族がお望みになる限り、同じ香りを作り続けます。でも、他の方がいくら積まれても、お断りいたします」


「なんで……?」


「その香りは、その方、その方の家族の思い出だからです。他の誰かがつける香りではない。——初代様が、そう決められました」


 教室が、しんと静まった。


「今でも、数十家のお客様の香りを、お預かりしております。中には——もう五代にわたって、同じ香りを受け継いでいらっしゃるご家族もございます。曾祖母様の思い出の香りを、ひ孫の方がまとっていらっしゃる」


「…………すごい」


「ありがたいことです。——私どもにとって、お預かりしている香りのひとつひとつが、お客様の家族の物語なんです」



「最後に、三階のお話を」


 店主は、少し声を改めた。


「三階は——私どもの、心臓です。一般には公開しておりません」


 教室が、しん、と静まった。


「初代様の頃の古い調合器具。最初期の魔道具。手書きのスケッチ。最初のドライヤーの試作品。書き損じの紙の一枚まで、すべて残してあります」


「試作品って……数百年前のですよね? まだ、あるんですか?」


「ございます。それどころか——今でも、当時と全く変わらず起動するんですよ」


「ええ!?」


「作った方が、その、規格外でいらしたので……」


 店主は、遠い目をした。それから、思い出すように続けた。


「——あの部屋には、独特の空気があるんです。窓は小さくて、いつも薄暗い。棚には、初代様が実際に手で握った道具が並んでいて、引き出しを開けると、試作の記録が何十冊も詰まっている。余白に走り書きで『ここ、もうちょっと軽くできないかな』とか、『おかみさんに相談する』とか——生々しいんです。数百年前の字なのに、昨日書いたみたいに」


 生徒たちは、息を詰めて聞いていた。


「私たちは、新しい商品を作るとき、必ず一度、三階に上がります。道具を手に取って、スケッチを広げて、初代様の試行錯誤を辿るんです。——あの方は、ここで何十回も失敗して、それでも作り直して、ようやくこの形に辿り着いたんだな、と。スムーズに開発が進んだ商品は、それこそ1つもありません」


 店主は、少し間を置いた。


「新人の職人には、入店して最初の一ヶ月、三階でひたすら初代様の記録を読ませます。技術を学ぶためではありません。——この店が、何を大切にしてきたのかを、肌で感じてもらうためです」


「……博物館とは、違うんですね」


「ええ。博物館は、過去を保存する場所です。でも、あの部屋は——過去と対話する場所なんです。初代様だったら、どう作っただろう。初代様だったら、この品質で納得しただろうか。——私どもにとって三階は、いまも現役の、相談相手なのでございます」



 キーンコーンカーンコーン。


「おっと。——では、最後に私から、ひとつだけ」


 チャイムの中、教師が締めくくった。


「皆さんも、王都の大通りを通ったら、あの灯火と円の看板を見てみてください。数百年前——一人の女性が開いた店の灯りが、いまも点いています」



 ——さて、時は戻る。


 数百年前。開店初日の夜。


 少女がひとり、棚のシャンプーの瓶を撫でて、小さく言った。


「——がんばろうね」


 そして、そっと、店の灯りを消した。


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