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魔法の才能ゼロの令嬢に最強ジジイが科学を教えたら?→A.めっちゃ無双する:【才無し侯爵令嬢と魔法ジジイの科学革命】の各話一覧  作者: Koh


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第78話 一号店、開店(後編)


 午後。中央のテーブルに、魔導ケトルが据えられた。


 ローザが、実演の準備を始める。花を端に寄せて、白い布を敷いて、ケトルと茶器を並べた。断熱コップも、人数分。


 そのとき、店の入り口に、見慣れた二人が現れた。


 アリサと——ボルトラン。


「ピリカ、開店おめでとう」


 アリサが、花束を差し出した。青い花だった。——バラじゃないけど、青を選んでくれたんだな、と思った。


「アリサ……! ボルトラン様まで……!」


「うむ。祝いの品は、先に届けさせたが——どうにも、孫が実物を見たいと言うのでな。何やら紅茶の実演とやらがあると聞いて、その時間に合わせて来た」


「ちょうど今から始めるところです。——よろしければ、ご一緒にいかがですか」


 ローザが、二人を中央のテーブルへ案内した。お客様も、テーブルの周りに集まってくる。


「——それでは、魔導ケトルの実演を、ご覧いただきます」


 ローザが、ケトルに水を注いだ。静かに魔力を込める。


 ——数秒。


 湯気が、ふわっと立ち上った。


「もう沸いたの……!?」


「嘘でしょう。薪も火もなしに?」


 どよめきが広がった。ボルトランの目も、わずかに見開かれている。


「……今、火は使っておらんな?」


「はい。魔力だけで沸かしております」


「ほう……」


 ローザは何事もなかったかのように茶葉を入れ、お湯を注ぎ、断熱コップに紅茶を注ぎ分けていく。その所作が、美しかった。侯爵家で鍛えられた手捌きが、魔導ケトルの実演を、まるで茶会のように仕立てている。


「どうぞ、お手に取ってお飲みください。コップも、本日の商品でございます。——外側は熱くなりませんが、中の紅茶は大変熱うございますので、お気をつけて」


 客が、おそるおそる断熱コップを手に取る。


「あら、本当。外側が全然熱くない」


「でも中は——」一口すすって、目を丸くした。「熱い! 淹れたてのまま!」


「真空の層で熱を閉じ込めております。冷めにくい分、中身はしばらく熱いままでございますので、少しずつお召し上がりくださいませ」


 紅茶を飲みながら、棚を眺めている。ゆっくりと、品定めをしている。——紅茶が、お客様をお店に留めている。ピリカが思い描いた通りの光景だった。


 ボルトランも、コップを受け取っていた。一口飲んで、小さく頷いた。


「……あやつの家で出てくるコップと同じか」


「はい。グリモワルド様のお宅でお使いのものを、製品化いたしました」


 ボルトランは、コップを軽く掲げて、眺めた。あの家で何気なく使っていたものが、紋章を刻まれ、商品として棚に並んでいる。


「あの家にあるものは、すべてこうなるのか」


「お師匠様が許可してくださったものだけです。——でも、まだまだ、たくさんあります」


 ピリカが、少しだけ胸を張って言った。ボルトランは、コップの中の紅茶を見下ろしながら、ゆっくりと店内を見回した。ケトル。ドライヤー。断熱コップ。——あの家の日常が、ここでは驚きとして売れている。


「……店で、無料の紅茶が出るとは。商売としてどうなのだ」


「お祖父様。ピリカさんと一緒にいると、退屈しないでしょう?」


 アリサが、くすくす笑いながら言った。


「……全くだ」


 ボルトランは、コップの中の紅茶を見下ろしながら、呆れたような、感心したような顔をしていた。


 それから、店内をゆっくりと見回した。


 ドライヤー。ケトル。断熱コップ。シャンプー。香油。——どれもこれも、見覚えのある、あの家の気配がする品々だった。


「ところで——あやつは、来ないのか?」


 ボルトランが、ふと聞いた。


「店の商品を見るに、原案はやつの家のものだろうに」


「お師匠様、『混んでる間はいかん』だそうです」


「あいつらしい……」


 ボルトランは、心底呆れた顔をして——それから、ほんの少しだけ、笑った。


 公爵と、侯爵令嬢が、紅茶を片手に店を眺めている。その姿を、店内のお客様たちが、ちらちらと盗み見ている。


 ——明日には、また噂が増えるだろう。誰も、そんなつもりはないのに。



 夕方。


 客足がようやく落ち着いた頃——フレデリックとミランダが、連れ立って入ってきた。


「——お父様、お母様」


「通りかかったからな」


 フレデリックは、素っ気なくそう言った。ミランダが、その腕に手を添えている。——どう見ても、デートの帰りだった。


 フレデリックは、棚をひとつひとつ、丁寧に見て回った。商品の並びを確かめ、値札を確かめ、壁に掲げた灯火と円の紋章を見上げて——黙って、頷いた。


「投資先として、悪くない」


「……ありがとうございます、お父様」


 ミランダが、上段のガラス扉をそっと開けた。シャンプーの瓶を手に取って、香りを嗅いで、目を細める。それから——その隣の、深い緑の小瓶に目を留めた。


「あら? この香油は新製品かしら?」


「はい、お母様。あのバラの香りで、髪が艶々になります」


 その瞬間、ミランダが、すっとフレデリックの方を向いた。


 何も言わない。ただ、にこにこと、夫の顔を見ている。


「……」


 フレデリックは、一瞬、天井を仰いだ。それから、ため息をひとつ。


「ピリカ。——その香油を、ひとつ包んでくれ」


「はい、お父様」


「投資先の商品を、投資家が自ら試すのは当然のことだ。——それだけだぞ」


「ふふふ。ええ、ええ。それ"も"嘘じゃないわよね」


 ミランダが、朝の契約書のときと同じ台詞を言った。フレデリックが、もう一度、天井を仰いだ。


 ローザが深緑の小瓶を丁寧に包む間、ミランダは娘の頭を、そっと撫でた。


「がんばったわね、ピリカ」


 その一言で——今日一日、ずっと張り詰めていた糸が、ぷつん、と切れた。


「……うん」


 声が、ちょっと震えた。



 閉店後。


 お客様がいなくなって、フレデリックとミランダも帰って、ローザが帳簿を閉じて奥に下がって。


 しんと静かになった店内に、ピリカはひとり、残っていた。


 棚を、一つずつ、見て回った。


 ずいぶん売れて、隙間ができている。下段のドライヤーは、展示用を残してほぼ完売。鏡の前だけが、少しだけ、指紋で曇っていた。明日の朝、ローザと補充をしなければ。


 中央のテーブルには、実演のあとの茶器がまだ残っている。断熱コップも、いくつか売れた。紅茶を飲んで、そのまま「このコップください」と言ってくれた人がいた。


 カウンターの上には、アリサがくれた青い花束。その横に、帳簿。今日の売上が、ローザの綺麗な字で記されている。


 ——グリモワルドの家は、師弟の居場所。


 ——ベルフォード家は、家族の居場所。


 ——そして、ここは。


 ピリカは、棚のシャンプーの瓶を、ひとつ、そっと撫でた。


 琥珀色の液体が、かすかに揺れた。バラの香りが、ほんのかすかに、漂った気がした。


 (私が、作った場所)


「お嬢様。戸締まりを」


 奥から、ローザの声。


「うん。——いま行く」


 灯りを消す。


 窓の外、看板の灯火の紋章が、月明かりを受けて、ほのかに浮かんでいた。


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