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魔法の才能ゼロの令嬢に最強ジジイが科学を教えたら?→A.めっちゃ無双する:【才無し侯爵令嬢と魔法ジジイの科学革命】の各話一覧  作者: Koh


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第77話 一号店、開店(前編)

 開店当日。


 朝。まだ日が昇りきらないうちに、ピリカは店に来た。


 鍵を開けて、扉を引く。真鍮の取っ手が、ひんやりと冷たかった。


 ——店内は、まだ薄暗い。


 朝の光が窓からすうっと差し込むと、飴色の棚が、モザイクの床が、中央のテーブルが——二ヶ月かけて作り上げた店の輪郭が、少しずつ浮かび上がってくる。バラの香りが、かすかに漂っていた。


 全部、自分で決めたものだ。ローザの力を借りて、お父様の力を借りて、お母様の力を借りて。でも、最後に「これで行こう」と言ったのは、全部、自分だった。


 古いものと新しいものが、不思議と調和している。百年前の薬問屋の棚に、ピリカの魔術道具が並んでいる。重厚な木と石の空間に、バラの香りが、かすかに漂っている。


 ——いい、お店だ。


 そう思ったら、目の奥が、つん、とした。


 ローザは、もっと早くから来ていた。


 カウンターの奥から出てきて、棚の商品のひとつひとつを、指先で直している。ガラス扉を開けて、瓶の角度を揃え、ラベルの向きを正し、瓶と瓶の間隔を、ほんの数ミリ、調えていく。モザイクの床を一歩も音を立てずに歩きながら、目線だけで棚全体を見渡している。


「ローザ、早いね……」


「お嬢様こそ」


 ローザが、ふっと笑った。


「——大丈夫ですよ。準備は万全です」


 その一言で、ピリカの胸の中でざわざわしていた何かが、すとん、と落ち着いた。



 扉を開けて、外を覗いた。


 ——人が、並んでいた。


「ミランダ様のお宅で使わせていただいたの。あのドライヤー、もう手放せなくて」


「シャンプーも素晴らしいのよ。うちの娘にも買ってあげたくて」


 ミランダの夫人ネットワークが、ずらりと並んでいる。お披露目会の口コミが、着実に根を張っていたらしい。朝の空気の中で、華やかなおしゃべりが弾んでいた。


 その後ろには、学園の制服姿もちらほら混じっていた。


「ねえ、あのシャンプー使ったら、本当にアリサ様みたいな髪になれるのかな」


「わかんないけど、アリサ様が実際に使ってるって噂だよ?」


「このシャンプー、ずっと欲しかったの。お小遣い貯めてきた」


「私も! お母様には内緒で……」


「買う。絶対買う」


 ピリカは、ちょっとだけ目が熱くなった。


 ——お客様が来る。お客様が、私の店に。


 その実感が、じわじわと、胸に染みてきた。



 開店の時間。


 ピリカは、大きく息を吸った。ローザと目を合わせた。ローザが、静かに頷いた。


 扉を開ける。


「いらっしゃいませ。——ピリカ・ピリーラへ、ようこそ」


 ローザの声だった。侯爵家の応接室で、何百回と聞いてきた、あの声。場所が変わっても、ローザは変わらない。——その変わらなさが、今日ばかりは、ものすごく心強かった。


 お客様が、次々と入ってくる。モザイクの床を踏んで、飴色の棚を見上げて、まず声を上げた。


「まあ……素敵なお店」


「こんなに雰囲気のある魔道具屋さん、初めて」


 上段のガラス扉の向こうで、琥珀色と深緑の瓶が、光の中で並んでいる。それだけで、客の目が惹きつけられていた。


 そして——下段の棚に目を移した人が、ドライヤーに手を伸ばした。


「あら、これ……触っていいの?」


「はい、どうぞ。お手に取って、お試しください」


 ピリカが笑顔で応えると、婦人がおそるおそるドライヤーを持ち上げた。見よう見まねで魔力を込めると——


「きゃっ!」


 温風が勢いよく吹き出して、婦人が驚いて手を離した。ドライヤーがモザイクの床に落ちて、からん、と乾いた音が響いた。


「ご、ごめんなさい! 壊してしまったかしら……!」


 婦人が真っ青になった。周りの客も、ひやりとした顔で振り返る。


 ローザが、静かに歩み寄って、床のドライヤーを拾い上げた。軽く確かめて——そのまま、婦人に差し出した。


「ご安心ください。こちらの製品は、落としても壊れないように設計されております」


「え……」


「試作品の頃に同じお声がございまして、製品版では改良済みです。——どうぞ、もう一度」


 婦人が、恐る恐るもう一度手に取った。今度はそっと魔力を込める。ふわっと、温かい風。鏡に映る自分の髪が、ふわりと揺れた。


「……あら。これは……気持ちいい」


 その声を聞いて、別の客も、棚からドライヤーを手に取り始めた。


「本当だわ、温かい」


「まあ、こんなに軽いの」


 下段の棚のあちこちで、小さな歓声が上がっている。鏡の前に並んで、風を当てながら、自分の髪を確かめている。


 ローザが、ピリカの隣にすっと戻ってきて、小さく言った。


「……鏡は、よい判断でしたね」


 ピリカは、にっと笑った。


 試して、気に入ったら、新品を包んでお渡しする。——その流れが、自然にできている。


 最初のお客様が、レジに来た。


「このドライヤーと、シャンプーを」


 ローザが包み、ピリカが「ありがとうございます」と頭を下げた。


 お客様が、店を出ていく。包みを大事そうに抱えて。


 ——ああ。


 売れた。私が作ったものが、初めて、お店で、売れた。



 昼前。店がすこし落ち着いた頃に、空き地の教室の生徒たちが、ちらほらと顔を見せた。


「ピリカちゃん、開店おめでとう……!」


「応援に来たの!」


 おずおずと店に入ってきて、棚を見上げて、きゃあきゃあ言っている。——と、一人が値札を覗き込んで、目を丸くした。


「え、シャンプー……意外と買える値段じゃない?」


「ほんとだ。あたしのお小遣いでも……」


「買っちゃおうかな……」


 顔を見合わせて、それぞれ財布を取り出して、一人ずつレジに並んだ。


 ピリカは、嬉しくて、ちょっとだけ泣きそうになった。



 午前の後半に、アーサーが来た。


「繁盛しているじゃないか」


 兄は棚を一通り見回して、満足そうに頷いた。それから、少し声を落とした。


「……実はな。婚約者に、ねだられている」


「ねだられてる?」


「『ドライヤーとシャンプーが欲しい。あなたなら手に入るでしょ』と。——毎日言われるんだ」


 ピリカは、ぷっと吹き出した。


「お兄様、それ——私があげようか? 家族なんだし」


「いらん」


 アーサーが、即座に言った。


「それでは意味がない。これは商売だろう。身内が値引きを求めるようでは、店の格が落ちる」


「お兄様……」


「それに——お前が作ったものを、ちゃんと正規の値段で買いたいんだ」


 そう言って、アーサーはドライヤーとシャンプーをカウンターに置いた。


 ローザが丁寧に包む。ピリカが釣りを渡す。——兄が、客として、妹の店で買い物をしている。なんだか不思議な光景だった。


「包みは二つに分けてくれ。一つは婚約者に。もう一つは——」


 アーサーが、少し目を逸らした。


「……俺も、使ってみようかと」


「お兄様もドライヤー使うの!?」


「うるさい。男だって髪は乾かす」


 ピリカは笑いをこらえながら、包みを渡した。


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