第69話 いつかの未来——ブランドという発明
「——さて。今日は、少し変わった切り口から行きましょう」
歴史教師がそう言って、黒板に大きく文字を書いた。——「ブランド」。
「皆さん、買い物をするとき、品物についている印を見ますよね。あのお店の印がついているから安心、この印の品は間違いない——当たり前にやっていることだと思います」
生徒たちが、こくこくと頷く。
「『魔術の始祖』『魔道具の母』としてよく知られるピリカ・ベルフォードは——実は、この"ブランド"という概念を初めて広めた人でもありました」
「えっ、それも!?」「ピリカさん、なんかすごすぎない……?」「なんでもできる人じゃん…………」
「そうです。あの人、本当にいろいろやってるんですよ」
教師が笑って、黒板に続きを書いた。
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「まず、ブランド以前の話をしましょう。当時の市場はどうだったか。——ひとことで言えば、真似のし放題でした」
「真似……?」
「誰かが新しい商品を開発しますね。売れますね。すると、あっという間に他の店が同じものを作って売る。開発した人には、一銭も入らない。——どうなると思います?」
「えー……開発するだけ、損?」
「その通り。新しいものを作った者が報われない。報われないから、誰もが他人の真似ばかりする。さらに深刻だったのは——模倣品の質が、ばらばらだったことです」
教師は、黒板に下手な絵をふたつ描いた。同じ形の、ドライヤーらしきもの。
「見た目はそっくり。でも中身は粗悪品。買った人は、当然がっかりしますね。そして、こう言うんです。『あの商品は、質が悪い』——つまり、本物までまとめて評判を落とされる」
「ひどい……」
「開発者は損をする。模倣者も大して得をしない。お客は何を信じて買えばいいかわからない。——誰も、得をしない市場だったんです」
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「そこに、ピリカ・ベルフォードが現れます」
教師は、黒板の隅に、1つの印を描いた。
小さな灯火と、それを囲むシンプルな円。
「彼女は師であるグリモワルド・ヴァイツェンフェルトと協力して、唯一無二の発想と、誰にも真似できない技術で、次々と新しい魔道具を生み出していきました。そして、そのすべてに——この印を入れたんです」
「あ! それ、知ってます!」
生徒の一人が、声を上げた。
「ピリカ・ピリーラの……!」
「ええ。今も王都の大通りに続く、あの『灯火と円』です。皆さんのお家にも、この印のついた品が、ひとつくらいはあるんじゃないですか」
教室のあちこちで、「ある」「うちのケトル」「お母さんのシャンプー」と声が上がった。
「ちなみにこの印の意味について、彼女自身の言葉が残っています。——よく知られた名言なので、聞いたことがある人も多いでしょう」
教師は、黒板の灯火の横に、ゆっくりと書いた。
——"知識さえあれば、小さな灯火でさえ、大きな力になる"
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「では、印を入れると、何が起きるのか。——ここからが、ブランドという発明の核心です」
教師は、チョークを置いて、教卓に手をついた。
「このロゴは、『この商品はピリカ・ベルフォードが品質を保証している』という印でした。お客は、ロゴを見れば本物だとわかる。買って、満足する。その満足が——次にロゴを見たときの、信頼になる」
「信頼が、たまっていく……?」
「そうです。信頼が積み重なるほど、ロゴそのものに価値が生まれていく。ドライヤーで得た信頼が、次のケトルを売り、ケトルの信頼が、その次の商品を売る。——ただの印が、店の何よりの財産になるんです」
教師は、そこで少し声を落とした。
「ただし——逆もあります。一度でも粗悪な品を出せば、ロゴの信用ごと、すべてが崩れる。だからこそ、品質を絶対に落とすわけにはいかない。——ブランドとは、客への約束であり、自分への枷でもある。そういう仕組みだったんです」
教室が、静かになった。
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キーンコーンカーンコーン。
「——おっと、もう時間ですね」
教師は、苦笑してチョークを置いた。
「最後にひとつ、予告を。ブランドというものができたからこそ——今度は『ロゴだけを模倣した粗悪品が出回る』という、新しい問題が生まれます。さて、彼女はそれにどう立ち向かったのか」
教師は、にっこり笑った。
「それはまた、次の授業で」
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——さて、時は戻る。
数百年前。朝の食卓で、ロゴの意味を語り終えた少女に、老人がひとこと。
「ふむ。——ま、悪くない理屈じゃ」
「でしょう!」
少女は、世界で一番得意げな顔をした。




