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魔法の才能ゼロの令嬢に最強ジジイが科学を教えたら?→A.めっちゃ無双する:【才無し侯爵令嬢と魔法ジジイの科学革命】の各話一覧  作者: Koh


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第70話 アリサの髪

 学園の廊下で、ピリカはその噂を耳にした。


「ねえ、アリサさんの髪、最近すごくない?」


「わかる。なんというか、艶が……」


「歩くたびに、さらさら揺れるのよね。何かしてるのかしら」


 ——ん?


 ピリカは、足を止めた。



 昼休み。中庭のベンチ。


 隣に座るアリサの赤い髪は、たしかに、輝いていた。窓から差す光を受けて、毛先までつやつやと流れている。


「アリサ。もしかして、お師匠様にもらったシャンプー、使ってる?」


「あれすごいわよね。髪の艶が全然変わるわ。それがどうかしたの?」


 アリサは、こともなげに頷いた。


「やっぱり……!」


 だいぶ前に、グリモワルドがアリサにも持たせていた、あのシャンプーとドライヤー。律儀に使い続けていたらしい。そして、その成果が——学園中の噂になるほど、髪に出ている。


「それより、聞いてほしいの」


 アリサが、少し困った顔をした。


「昨日も3人に、何を使っているのか聞かれて。……皆さんに、何と答えればいいのかしら。『お師匠様にもらった』だと、説明が長くなってしまって」


「3人!?」


「一昨日は2人。その前は……ええと」


 指を折って数え始めたアリサを見て、ピリカは思った。


 ——これ、すごい宣伝なのでは。


 学園で一番注目されている女の子。同率優勝者で、史上最高の才能で、公爵家のご令嬢。そのアリサの髪が、毎日、教室で輝いている。


 アリサに宣伝の気なんて、これっぽっちもない。ただ、本当に良いものを、本当に使っているだけ。——だからこそ、効く。


「……ねぇ、アリサ。今度から、聞かれたらこう答えて?」


 ピリカは、ちょっと照れながら言った。


「『ピリカ・ピリーラ』の品です、って」


「ぴりか・ぴりーら?」


 アリサが、きょとんと繰り返した。


「私の商売に、名前をつけたの。もうすぐ、ちゃんと買えるようにするから」


「ピリカ・ピリーラ……ふふ。ふふふ、何それ。変な名前」


「へ、変って言った!? 覚えやすいでしょ!?」


「ええ、まぁ。なんだか忘れられそうにないわ」


 アリサは、口元を押さえて笑った。


 ——その日から、学園のあちこちで「ぴりか・ぴりーら」という呪文めいた響きが、囁かれるようになる。



 その夜。ヴァイスフェルト邸。


 遅くに執務から戻ったボルトランは、居間でアリサと向かい合って、お茶を飲んでいた。


 ふと、孫の顔を見る。——いや、顔ではなく。


「アリサ。最近、その……髪が、艶やかになったな」


「!」


 アリサの顔が、ぱっと明るくなった。


「お祖父様も、そう思います?」


「う、うむ。なんというか、その、光っておる」


 褒め慣れていない祖父の、ぎこちない言葉だった。それでもアリサは、嬉しそうに毛先を撫でた。


「学園でも、皆さんに聞かれるんです。グリモワルド様にいただいた、シャンプーとドライヤーのおかげで」


「ほう。あやつの作った、例の道具か」


 ボルトランは、お茶を一口飲んだ。


「ふむ。……ところで、あやつは最近、何をしている」


 ここしばらく、討伐の依頼も出していない。あの男が暇を持て余すと、たまにあさっての方向に飛んでいくのは、60年の付き合いで知っている。


「ピリカさんの商売を、コーヒーを飲みながら眺めて笑っています」


「……は?」


 ボルトランの手が、止まった。


「商売?」


「はい。ピリカさん、グリモワルド様の魔道具を、職人ギルドと一緒に量産して売り始めたんです。この前は、お屋敷でお披露目の会があって、奥様方が10人もいらして——」


 アリサは、楽しそうに話した。


 ドライヤーが20件を超える注文を集めたこと。シャンプーも、ベルフォード侯爵夫人と一緒に作り始めること。商売に『ピリカ・ピリーラ』という名前がついたこと。


 ボルトランは、黙って聞いていた。


「……あの、才無しと言われていた子が」


 やがて、ぽつりと言った。


 魔法大会で、孫と並んで優勝した少女。ファイアボールひとつ撃てないと言われていた少女が——魔道具の商売を、王都で立ち上げている。


 あの男の家の、何が起こっても不思議ではない空気を思い出して、ボルトランは小さく息を吐いた。


「……まったく。あの家は、退屈をせんな」


「はい!」


 アリサが、にこにこと頷いた。



 しばらく、穏やかな夜の時間が流れた。


 お茶のおかわりを淹れさせて、ボルトランは、ぽつりと言った。


「……わしも、一本もらえるか」


「え?」


「いや、なんでもない」


「?」


 アリサは首をかしげて、それ以上は聞かなかった。


 ——主席宮廷魔法使いが、こっそり髪を気にした夜のことは、誰にも知られていない。


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