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魔法の才能ゼロの令嬢に最強ジジイが科学を教えたら?→A.めっちゃ無双する:【才無し侯爵令嬢と魔法ジジイの科学革命】の各話一覧  作者: Koh


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第66話 お母様、参戦

 夕方。最後のお客様を見送ると、あれだけ賑やかだったサロンが、しんと静かになった。


 ローザが、新しいお茶を淹れてくれる。


「すごい騒ぎだったな。執務室まで歓声が聞こえていたぞ」


 アーサーがやってきて、向かいに座った。


「お兄様、いたなら顔出してくれたらよかったのに」


「ご婦人方が二十人もいる部屋に、か? 遠慮しておく」


 テーブルの上には、ピリカの帳面。会の間にもらった「欲しい」の声を書き留めたページが、もうびっしり埋まっている。


「えっと……今日来てくださった方だけで、追加のご注文が、14件。『お友達の分も』っていうのを入れると、20は超えてて……」


「初日で、か」


 アーサーが、帳面を覗き込んで唸った。


「あら、そんなものじゃなくてよ」


 ミランダが、にこにこと言った。


「今日いらしたのは、お声がけした中のほんの一部ですもの。——欲しがっている人、思いつくだけで50人くらいいるわよ?」


「ご、50……」


 ピリカは、お茶を持ったまま固まった。


 工房の親方の言葉が、頭をよぎる。『50あっても売り切れるぞ』。


「お、お母様。最初は小さく始めさせてください、、、主に私の胃のために、、、」


「あらあら。ふふ、いいわよ。焦らなくても、欲しい人は逃げませんもの」


 ミランダは、優雅にお茶を一口飲んだ。


 ——むしろ、と隣でアーサーが小さく呟いた。


「手に入らないとなれば、余計に欲しくなるのが人というものだしな。……ピリカ、値段はどうするつもりだ」


「えっと、素材と、職人さんの手間賃から考えて、このくらいかなって」


 ピリカが帳面に書いた数字を見せた。


「安くも売れそうだし、最初はこのくらいがいいかなって——」


 アーサーが、即座に首を振った。


「安すぎる。——10倍にしろ」


「じゅ、10倍!? そんな、ぼったくりみたいな……」


「ぼったくりじゃない。適正だ」


「で、でも——」


「ピリカ」


 ミランダが、にこにこしたまま口を挟んだ。


「今日の会で、ご婦人方、なんて仰ってたか覚えてる? 金貨3枚なら出せる、いやうちは5枚でも——って。なんなら、もっと出しそうな勢いだったわよ?」


 ピリカは、ぐっと言葉に詰まった。——あの会話。あの、数十倍の数字。


「ほらみろ、10倍でも安いくらいじゃないか」


 アーサーが、帳面を指で叩いた。


「いいか、ピリカ。あれを買うのは貴族だ。安い品は、それだけで疑われる。そして——あれは今、世界中でお前のところでしか作れない。ここにしかない品に遠慮した値をつける方が、むしろ失礼というものだ」


「で、でも、そんなにいただいたら、悪いような……」


「逆だ。利益が出るからこそ、職人に報いてやれる。利益が出るからこそ、次の商品が作れる。修理も、聞き取りに回る費用も、ぜんぶその値段の中だ。——安売りは、誰のためにもならん」


「その通りよ」


 ミランダが、優雅にお茶を一口すすった。


「その分、外装を特別仕様にしましょう。取っ手に宝石をあしらったり、刻印を入れたり。——お値段に見合うだけの、特別感は出さないとね。そのうち、お求めやすい版も作ればいいわ」


 すらすらと出てくる兄と母の言葉に、ピリカは目を丸くした。


「お兄様も、お母様も、商売、詳しいんだね……」


「領地の収支を見るのも、次期当主の仕事のうちだ」


「私は、毎月お洋服を買うプロよ」


「それは商売じゃなくて散財だろう、母上」


「失礼ねえ。投資よ」


 アーサーは溜息をつきながら、帳面に数字を書き足していった。納品の順番、運び方、支払いの受け方。あっという間に、段取りが形になっていく。


 (……家族って、心強いなぁ)



 話がひと段落して、お茶のおかわりが注がれた頃。


 ミランダが、ふと思い出したように言った。


「そういえば、もらったシャンプー、あと2本なのよね。あれ、また貰えるのかしら」


「あー……」


 ピリカは、遠い目になった。


 シャンプー。お師匠様がくれたあの不思議な泡の出る"液体"の石鹸。髪を洗うとつやつやになる、お母様の一番のお気に入り。


「お師匠様、ずっと作るのは嫌がりそう……これも、こっちで作る流れになりそうだなぁ……」


 ドライヤーと同じだ。『最初のサンプルだけ作ってやるから、そっちでなんとかせい』。あの調子で、シャンプーも絶対にそう言われる。むしろもうほぼ言われている気がする。


 うーん、と腕を組んだ、その時だった。


「あら!!!」


 ミランダが、ぱあっと顔を輝かせた。


「そしたらピリカ、一緒にやりましょう!!」


「え、え、え!?」


「だって、作るのでしょう? あのシャンプーを! 私、あれのためなら何でもしてよ」


 ミランダの目が、きらっきらに輝いていた。お披露目会のどの夫人よりも、輝いていた。


「い、一緒にって、お母様、シャンプーの作り方なんて、私もまだ全然——」


「あら、だからよ。わからないことは、わかる人に聞けばいいの」


 ミランダは、こともなげに言った。


「石鹸職人を呼んでおくわね。来週、一緒に話しましょうね!」


「ら、来週!?」


「善は急げ、と言うでしょう?」


 にっこり。


 その笑顔は有無を言わせない圧があって、ピリカは思わずアーサーを見た。アーサーは、静かに首を横に振った。


 ——諦めろ、の合図だった。


「母上がこうなったら、止まらん」


「で、ですよね……」



 帰り道。


 馬車に揺られながら、ピリカは今日一日を思い返していた。


 試作の10台。20件を超える注文。50人は浮かぶ顧客。10倍(それ以上?)になった値段。そして——来週から始まるらしい、シャンプー作り。


 (な、なんだか、話がどんどん大きくなっていく……)


 ドライヤーの改良。納品の段取り。ティナへの魔術指導もある。それに今度は、シャンプー。


 指折り数えて、ピリカはちょっとだけ、ぞくっとした。


 (……私の身体、ひとつしか、ないんだけど……?)


 その嫌な予感には、気づかないふりをした。


 窓の外、夕焼けの王都で、家々に明かりが灯り始めていた。


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