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魔法の才能ゼロの令嬢に最強ジジイが科学を教えたら?→A.めっちゃ無双する:【才無し侯爵令嬢と魔法ジジイの科学革命】の各話一覧  作者: Koh


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第42話 夜のボルトラン邸〜アリサとボルトラン、またはただの孫と祖父

 夜。ボルトラン邸。


 アリサは、自室の机の上で魔法の練習をしていた。


 水の球が一つ、空中に浮いている。その横で、数個のコーヒー豆がガリガリと砕けていく。——並行魔法の真似事。まだ二つが限界で、しかもすぐに集中が途切れそうになる。


 それでも、今日見たものを少しでも自分のものにしたかった。



「——グリモワルドの真似か」


 背後から声がした。


 アリサが振り返ると、ボルトランが廊下に立っていた。帰宅したばかりらしく、外套をまだ羽織っている。


「お祖父様、お帰りなさい。——はい、グリモワルド様がコーヒーを平行魔法で淹れていたので、私もできないかなと」


「やはりな」


 ボルトランの目が、少し細くなった。——さっき自分もあの曲芸を見てきたばかりだ。懐かしさと、それから少しの苦さが混じった顔だった。


「どれ、貸してみろ」



 アリサがコーヒー豆を差し出した。


 ボルトランが、目を閉じた。——深く、長い呼吸。


 そして、目を開けた瞬間——空中で全てが動き始めた。


 コーヒー豆が浮き上がり、赤く光りながら焙煎される。同時に、水差しから水が球になって浮かび、その横で加熱が始まる。豆が砕け、粉になっていく。


 ——並行魔法。ゆっくりだが、丁寧で、確実に複数の工程が同時に走っている。


 沸いた湯と粉が合流し、褐色の液体が抽出されていく。カップに注がれ、残った粉は小さな球に圧縮されて屑入れに落ちた。



 ボルトランが、椅子の背もたれに深く身体を預けた。


 荒い息をつきながら、カップをアリサに差し出す。


「ふぅ……こんなものか」


「お祖父様も……できるんですね」


「だがあいつは、おそらく片手間に何も見ずにやっていただろう」


「は、はい」



「⸻昔のとある日な。あいつが本を読みながらこうしてコーヒーを淹れているのを見て、空いた口が塞がらなかった」


 ボルトランが、天井を見上げた。


「普通の魔法使いにとってとんでもない労力と集中力が必要な魔法が、あいつにとっては手でコーヒーを淹れるより楽、ということなんだろうな……」


「そんなことが……」


「こっそり見て研究と練習を重ね、後日やつに見せたらなんと言ったと思う?」


 ボルトランの声に、力が入った。


「"どうした? なにか相談したいことでもあるのか?"などと言ったんだ!!! 珍しく心配した顔でな!!!!」


「…………」


「考えてみれば当たり前だ、わしらが普通に器具を使ってコーヒーを淹れた時、"コーヒーを淹れてすごい!"なんて言わないように、あいつにとっては多重魔法でコーヒーを淹れるなんて大したことではないんだ」


「……そういえば、三杯同時に作って、ミルクも入れて、同時に土魔法でカップも生成してました」


「くそ……ほんとになんなんだやつは……」


「コーヒーが冷めないな?と思って訊いたら、シンクウ?の二重構造だそうです」


 アリサが、鞄から二つのカップを取り出した。一つは普通のコップ。もう一つは、断面が見えるように作ってもらったもの——壁の中に空洞がある。


「なんだそれは……」


 ボルトランが苦笑した。——呆れたような、だが、どこか嬉しそうな顔だった。



「あいつは、わしよりも遥かに優れた魔法使いだ」


 ボルトランが、静かに言った。


「だが、それが自らの研鑽を止めてよい理由にはならない。あいつの元でよく学べ。あいつから学ぶことは多いだろう。魔法のことも、他のことも」


「わかりました。より一層、頑張ります」


「それでよい」


 ボルトランが、アリサの顔を見た。


「今日もすでに色々な刺激があったようだな。いい顔をしている」


「そ、そうでしょうか」


 アリサは自分の頬に手を当てた。——今日一日の全てが、まだ頭の中でぐるぐると回っている。だけど、確かに今、自分の中に何かが灯っている気がした。



 しばらく、お互いに落ち着いてコーヒーを飲んだ後に、ふとアリサが言った。


「——そういえば、お祖父様は超級魔法の短縮詠唱ってどれくらいできますか?」


「安定するのは半分程度だな。それでも相当な集中がいる」


「一文まで短縮するのは、やっぱりやりすぎですよね……」


 ボルトランの動きが止まった。


「……あいつ、まさかフェニックスを一文で発動したのか?」


「はい」


「…………」


「あと、魔法の内容のアドリブ改変とかって、したことありますか?」


「数回やったことはあるが、わしにはあまり向いていなくてな」


 ボルトランが腕を組んだ。


「どんな魔法を改変していたんだ。コーヒー関連か?」


「フェニックスをその場で改変してました」


「は?」


「小さくして、熱くないようにして」


「あーー……なんなんだあいつは……」


 ボルトランが額に手を当てた。


「あと、ピリカは"可愛い!"とか言ってミニフェニックスに触ってました」


「……弟子も弟子だな」


 ボルトランが、深い溜息をついた。——だが、その顔はどこか楽しそうだった。



 話は止まらなかった。


 家の中が見たこともないものだらけだった話をすれば、ボルトランが「昔からそうだ」と苦笑した。

 魔法の炎はなにが燃えているのかと問われて答えられなかった話をすれば、「わしも考えたことがなかった」と腕を組んだ。

 帰り道に雲を見上げて立ち止まってしまった話をすれば、ボルトランは少しだけ目を細めて、何も言わずに頷いた。


 ボルトランが立ち上がって、今度は普通に手で二人分のコーヒーを淹れなおした。


 窓の外はとっくに暗くなっていた。虫の声がかすかに聞こえる。——奇天烈なお師匠様とその弟子を肴にして、ただの祖父と孫の笑い声が、夜遅くまで響いていた。


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