第41話 真空のコーヒーと、友人の話
「まぁよい、コーヒーでも飲むか?」
「久しぶりに、お前の曲芸でも見てみようか」
「そう言うと思って、もうそこで作っておるぞ」
グリモワルドが、ボルトランの背後を指差した。
⸻
ボルトランが振り返った。
空中で、コーヒー豆が焙煎されていた。赤く光りながら回転し、砕け、粉になっていく。隣では水の球が沸騰し、湯気を上げている。
だが⸻音が全くしなかった。
目の前でそれぞれが動いている。しかし、焙煎の弾ける音も。豆が砕ける音も。湯が沸く音も。何もかもが、完全な無音のまま進行している。
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「なっ——! 音がしないぞ!? どうなっている!」
グリモワルドが、いたずらが成功した子供のような顔をした。
「ふっふっふ、いま改良したんじゃ。そういえばうるさいなと思っての、真空の膜で作業を全部包んでみた」
⸻
ボルトランは絶句した。
——こいつ、さらに難易度を上げている。
並行魔法でコーヒーを淹れるだけでも常軌を逸しているのに、その全工程を真空で包んで遮音している。制御の層がまた一つ増えている。相変わらず、なんという才能の無駄遣いか。
「ピリカの真空の修行をしているのを見て思いついての」
——なるほど、弟子からも学んでいるか。
ボルトランは、少しだけ口元を緩めた。
⸻
無音のまま完成したコーヒーが、三つのコップに注がれた。一つがボルトランの前にふわりと着地する。
「……相変わらず、無駄に凝っている」
「無駄ではないわ。静かな方がいいじゃろ。それに家に器具を置く必要もなくなる」
「器具がないから私がコーヒーを淹れられないんですけどね」
「魔法でやれば良いじゃろ」
ジト目でピリカが隣のグリモワルドを見つめる。
「私には無理って分かって言ってますよね?」
「かっかっか!」
⸻
ボルトランがコーヒーを一口飲んで、ピリカの方を見た。
「そうだ、ピリカ嬢」
「は、はい」
「アリサの良き友人になってくれているようだな。礼を言う」
「い、いえ、そんな礼を言われるほどのことでは」
「いや、言うほどなんだ」
ボルトランの声が、少し柔らかくなった。
「あの孫から楽しそうに友人の話を聞けるのは本当に久しぶりでな。どうやら優秀すぎるせいで他の子たちと距離ができてしまっていたようで」
「お主とは真逆じゃの」
「お師匠様、うるさいですよ、今いいとこです」
「そういうことで、ひとこと礼を言いたくてな。これからも頼む」
「こちらこそ、アリサさんには良くしていただいてます。よろしくお願いします」
ピリカは頭を下げた。——ボルトラン様が、わざわざ直接これを言いにくるほど。アリサは、本当にずっと一人だったのだろう。
⸻
「なんじゃお主、わしへの依頼はついでか」
「それだけが理由なら、いつも適当に使いに届けさせているだろうが」
「それもそうじゃな」
ボルトランが立ち上がった。コップをテーブルに置き、玄関に向かう。
「では、ドラゴンの件は頼んだぞ」
「あいわかった、明日の昼までには片付くだろう」
「その前提で手配しておく」
靴を履いて、扉が閉まった。
⸻
ボルトランが帰った後、しばらくして⸻
「お師匠様」
「ん?」
「明日のドラゴン討伐、ついていきますからね」
「なんじゃ、覚えておったのか」
「この一瞬で忘れないですけど!」
「ふむ……」
「な、なんですか」
「なにも言われなかったら、こっそり置いてくつもりじゃった」
「だろうと思ったから今言ってるんです!」
「かっかっか、なんだかんだわしのこと理解してきたのう!」
⸻
「あ、そういえば。"ソーラーレイのグリモワルド"って呼ばれてるって、アリサが言ってたんですけど……」
「余計なことを吹き込みおって……」
「"ソーラーレイ"って魔法ですよね? ドラゴン討伐に使ったりするんですか?」
「別にそれでもできるが……」
「もし可能なら、見てみたいです!」
「……お主、いつになく楽しそうじゃな……」




