第102話 玉ねぎのせい
家に帰って、夕飯の支度を始めた頃。
まな板の上には、昼の戦利品が並んでいた。
肉屋の——いまや肉屋だけではない、あの店のお肉。二人で選んだ玉ねぎと、人参と、じゃがいも。瓶の牛乳。
どれも、籠ひとつで、一軒で揃ったものたち。
「ピリカ」
居間の椅子から、グリモワルドが言った。
「はい?」
「あれは——わしには、作れんかったの」
ピリカは、包丁を持ったまま、振り返った。
「……?」
「熱を移すなどという面倒なこと、わしは考えもせんかったわ」
グリモワルドは、コーヒーを片手に、いつもの調子で続けた。
「温風が欲しければ、熱を生んで温風を出せばいい。——わしには、それで足りておった。足りておるやつには、あの発想は、一生出てこん」
「…………」
「魔力が足りん。だから、足りんなりの道を探す。探して、探して——誰も通ったことのない道を、見つけてくる」
グリモワルドは、コーヒーを一口すすった。
「お主が、お主じゃったから、作れたんじゃろうな」
「…………」
「ドライヤーも、ケトルも、毛布も——今までの道具は、みんな、わしの家の焼き直しじゃった。原案は、わしじゃ」
グリモワルドは、カップを、ことりと置いた。
「じゃが、あれは違う。熱を移す、あの仕組みだけは——わしの家の、どこにもなかった。正真正銘、お主だけのものじゃ。……今日のあの店も、あの箱がなければ、なかった店じゃ」
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ピリカは、何か言おうとした。
言おうとして——言葉に、ならなかった。
才無し、と呼ばれた。ファイアボールも撃てなかった。魔力測定では米粒みたいな光しか出なくて、学園では落第しかけて、家を出されて。
ずっと、「足りない」側だった。
その「足りない」が——お師匠様にも作れないものを、作った。
他の誰でもない、「世界で一番持ってる」この人が、いま、そう言った。
「……っ」
目の奥が、熱い。だめだ。泣いたら、絶対からかわれる。
「ま、それだけじゃ」
グリモワルドは、ぷいと窓の方を向いた。
「——夕飯は、なんじゃ」
「……っ、昼に、一緒に買ったじゃないですか! シチューです!」
声が、ちょっと裏返った。
「そうじゃった、そうじゃった!」
グリモワルドは、それだけ言って、コーヒーをすすった。
いつもの夜だった。
鍋がことことと煮えて、シチューの匂いが居間に流れて、世界最強の魔法使いが、夕飯を楽しみに待っている。
ピリカは、鍋をかき混ぜながら、何度か、目元をぬぐった。
——玉ねぎのせいだ。昼に、二人で選んだ、あの玉ねぎの。
まだ切られてもいない丸っとした玉ねぎのせい。
そういうことに、しておいた。




