第九話
校舎を出る頃には、
空はすっかり曇っていた。
灰色の雲。
湿った風。
校門前には、
黒いワゴン車が停まっている。
窓は黒く加工され、
中が見えない。
どう見ても怪しい。
「……絶対まともじゃない。」
トワが呟くと、
隣でレンが小さく笑った。
「今さら?」
「笑い事じゃない。」
ユラがパーカーの中で震えている。
『イヤ……。
イヤなトコ。』
トワも同感だった。
カナメが車両後部のドアを開ける。
「乗ってください。」
「拒否したら?」
「気絶させて運びます。」
「怖。」
レンが感心したように言う。
カナメは無視した。
トワは観念して車へ乗り込む。
内部は思ったより広い。
だが異様だった。
壁一面に、
青白い紋様が刻まれている。
見ているだけで、
少し頭が重い。
「……これ何。」
「魂波安定装置。」
カナメが答える。
「侵食抑制用です。」
レンが後ろから乗り込み、
適当に座席へ座る。
その瞬間。
車内の紋様が、
一斉にノイズみたいに乱れた。
隊員の一人が顔をしかめる。
「……数値低下。」
「分かってる。」
カナメの声が低い。
トワはレンを見る。
「……何したの。」
「別に。」
レンは窓へ頭を預けた。
「俺、
こういうのと相性悪いから。」
その言葉通り。
レンの周囲だけ、
空気が微妙に歪んで見えた。
車が静かに発進する。
東京の街並みが流れていく。
信号。
雑踏。
広告。
人波。
いつもと同じ東京。
なのにトワには、
もう違う世界に見えていた。
歩いている人の中に、
色の薄い人間が増えている。
空白。
少しずつ。
確実に。
「……みんな、
どうなるの。」
トワの小さな声。
車内が静まる。
カナメは数秒黙った後、
淡々と答えた。
「侵食初期なら回復可能です。」
「後期は?」
「……。」
沈黙。
それだけで十分だった。
トワは拳を握る。
レンだけが静かだった。
外を見たまま、
ぽつりと呟く。
「東京、
もう限界近いな。」
その声に、
カナメの目が僅かに細まる。
「何を知っているんですか。」
「色々。」
「答えになっていません。」
「そっちもね。」
空気がまた張り詰める。
その時。
車が地下トンネルへ入った。
光が減る。
冷たいコンクリートの壁。
だが途中から、
景色が妙に変わり始めた。
古い。
古すぎる。
壁面には、
使われなくなった駅名標みたいなものが見える。
錆びた線路。
封鎖扉。
そして。
時折、
人影みたいなものが立っていた。
トワは息を呑む。
「……何ここ。」
「旧地下路線。」
カナメが短く答える。
「現在は封鎖されています。」
レンが小さく笑った。
「半分嘘。」
カナメが鋭く睨む。
「黙ってください。」
「ここ、
“零号線”に近いでしょ。」
瞬間。
隊員たちの空気が凍った。
トワは聞き逃さなかった。
零号線。
その名前を聞いた瞬間、
ユラがびくりと震えた。
『……ヤミ。』
レンの視線が、
暗いトンネル奥へ向く。
そして、
珍しく真顔で呟いた。
「……起き始めてる。」




