第八話
張り詰めた沈黙。
屋上を囲む結界が、
淡く青白く明滅している。
雨宮カナメと、
黒コートの隊員たち。
そして、
レン。
両者の間に流れる空気は、
今にも裂けそうだった。
トワだけが、
状況についていけていない。
「……待って。」
掠れた声が出る。
「何なの。
神籍管理局って。」
カナメの視線がトワへ向く。
「国家認可特務機関です。」
「全然説明になってない。」
「魂循環維持機構。」
淡々とした声。
「人類の輪廻を管理する組織です。」
トワは眉を寄せる。
「……は?」
輪廻。
魂。
言葉だけなら、
宗教みたいだ。
だが。
今日見たものは、
そんな軽い話じゃない。
レンが小さく笑う。
「つまり、
人間の魂を管理してる人たち。」
「空木レン。
発言を控えてください。」
「本当のことじゃん。」
カナメは無視した。
「神崎トワ。
あなたには同行義務があります。」
「断ったら?」
「強制保護へ移行します。」
冷たい言い方。
保護というより、
拘束だ。
トワは無意識にユラを抱き寄せる。
その動きを見た瞬間。
カナメの視線が鋭くなった。
「……その個体。」
隊員たちの空気も変わる。
警戒。
緊張。
レンが一歩前へ出た。
「見るだけにしなよ。」
「空木。」
「そっち、
まだ“あれ”を知らないだろ。」
カナメが黙る。
短い沈黙。
やがて彼女は、
小さく息を吐いた。
「……結界解除。」
瞬間、
屋上を覆っていた光が消える。
重かった空気が少し軽くなった。
「神崎トワ。」
カナメが静かに言う。
「あなたには、
知る権利があります。」
「……。」
「今の東京で、
何が起きているのか。」
遠くでサイレンが鳴っていた。
校舎下ではまだ、
騒ぎが続いている。
だが不思議なことに。
一般生徒たちは、
侵食体を“認識していない”。
泣きながら逃げているのに、
理由を理解していない顔だった。
トワは寒気を覚える。
「……みんな、
見えてないの?」
「認識阻害処理済みです。」
カナメが答える。
「空白侵食は、
通常の人間には正しく認識されません。」
「なんで。」
「脳が理解を拒否するからです。」
トワは息を呑む。
レンが横でぼそりと言う。
「人間、
本当に怖いものは見えなくなるんだよ。」
その声だけ妙に静かだった。
カナメが隊員へ指示を飛ばす。
「校内封鎖継続。
侵食残滓を回収してください。」
「了解。」
黒コートの隊員たちが去っていく。
その際、
何人かがレンを異様に警戒していた。
まるで化け物を見る目。
トワはそれが少し気になった。
レンは気にした様子もなく、
フェンスへ寄りかかっている。
「空木レン。」
カナメが改めて彼を見る。
「あなたも来てもらいます。」
「嫌。」
「拒否権は――」
「あるよ。」
レンが笑う。
でもその瞬間。
空気の色が、
少しだけ消えた。
カナメの隊員たちが即座に身構える。
トワは理解する。
レンが本気を出せば、
ここは危ない。
だが。
「……いいよ。」
意外にも、
レンはあっさり言った。
カナメが僅かに目を細める。
「同行すると?」
「神崎が行くなら。」
トワは思わずレンを見る。
レンは屋上の空を見上げたまま、
ぽつりと言った。
「どうせもう、
始まっちゃったし。」




