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神籍のトワ  作者: 灯野 しおん
第四章 高天原の呼び声

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第七十四話

八月。


 昼間の暑さがようやくやわらぎ、夜風が心地よく感じられる頃。


 神籍管理局の車は、都心を離れた小高い丘へ向かっていた。


「ここなら街明かりが少ないので、星がよく見えます。」


 運転席のスズが穏やかに言う。


 後部座席では、ゆうとが窓の外を見つめていた。


「本当に見えるかな……。」


 その声には期待と不安が混ざっている。


「見えるよ。」


 トワは優しく答えた。


「曇ってないし、今日はきっと大丈夫。」


 レンも夜空を見上げる。


「風も穏やかだ。」


「いい星空になりそうだな。」



 丘の上には、すでに何組かの家族がシートを広げていた。


 虫の声。


 草の匂い。


 遠くで鳴くフクロウ。


 夏の夜だけが持つ静けさが、辺りを包んでいる。


 トワたちもレジャーシートを広げた。


 ゆうとは、少し緊張した様子で空を見上げる。


「まだかな……。」


「焦らなくていいよ。」


 トワは水筒のお茶を紙コップへ注いだ。


「流れ星も、人も。」


「急がせると来てくれないことがあるから。」


 ゆうとは小さく笑った。


「トワさんらしい。」


 その一言に、みんなも笑顔になる。



 やがて夜は深まり。


 空いっぱいに星が広がった。


「わあ……。」


 さくらが思わず息をのむ。


 都会では見ることのできない星の数。


 白く流れる天の川。


 夏の大三角。


 北斗七星。


 ゆうとは夢中で星座図鑑を開いている。


「トワさん!」


「見つけた!」


「あれがデネブ!」


「本当だ。」


「すごいね。」


 トワは笑いながら双眼鏡をのぞく。


 そのとき。


「……あ。」


 レンが空を指さした。


 一筋の光が夜空を横切る。


 すうっと。


 静かに。


 流れ星だった。


「見えた!」


 ゆうとが立ち上がる。


 続いてもう一つ。


 また一つ。


 夜空に光の糸が幾筋も流れていく。


「すごい……!」


 ゆうとの瞳が、星の光を映して輝いていた。


 そして。


 胸の前で、そっと手を組む。


「お父さん。」


「約束、守れたよ。」


「今年も一緒に星を見られたね。」


 その声は夜風に乗って、静かに空へ溶けていった。


 トワは何も言わない。


 慰めの言葉も。


 励ましの言葉も。


 今は必要ないと思った。


 約束は、ちゃんとここにあったから。



 帰り際。


 ゆうとが一枚の折り紙を取り出した。


 星の形に折られている。


「これ。」


「神籍管理局に飾って。」


「どうして?」


「約束を忘れないように。」


 トワは両手で受け取った。


 折り紙の裏には、小さな文字でこう書かれていた。


また来年も、見ようね。


 トワは目を細める。


「もちろん。」


「来年も、その次の年も。」


「神籍管理局のみんなで見よう。」


 ゆうとは、安心したように笑った。



 東京支部へ戻ると、アオイが静かに白紙の本を開く。


 新しい文字が浮かび上がる。


依頼番号002 完了


『約束は、失われた時間を取り戻すものではない。


これから先の時間を、大切に生きる勇気をくれるものである。』


 ページを閉じた、その瞬間だった。


 本の奥から、一枚の古い紙片が滑り落ちた。


 誰も触れていないはずなのに。


 そこには、今まで見たことのない文字が記されていた。


記憶庫 第零書架


 アオイの表情が変わる。


「……局長。」


「この名前は、資料にもありません。」


 トワは紙片を手に取る。


 白紙の本が、かすかに光を帯びた。


 神籍管理局の日常は続いていく。


 けれどその穏やかな日々の先で、記憶庫のさらに奥深くに眠る秘密が、静かにトワたちを待ち始めていた。

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