第七十二話
夕暮れの空は、茜色に染まっていた。
少年は応接室の椅子に浅く腰掛け、ランドセルをぎゅっと抱えている。
足は床に届かず、少しだけ揺れていた。
トワは温かいココアを机に置く。
「熱いから、ゆっくり飲んでね。」
少年は小さくうなずく。
「……ありがとうございます。」
少し緊張した声だった。
トワは急がず、向かいの椅子に座る。
「私はトワ。」
「神籍管理局で働いてるよ。」
「君のお名前は?」
少年は少しだけ胸を張った。
「ゆうと。」
「小学三年生。」
「よろしく、ゆうと君。」
トワが笑うと、ゆうとも少しだけ笑い返した。
それだけで、部屋の空気が少し和らぐ。
「お願いって、何かな?」
ゆうとはランドセルの中から、一冊の自由帳を取り出した。
表紙には、たくさんの星が描かれている。
「お父さんと約束したんだ。」
「夏になったら、一緒に流れ星を見ようって。」
トワは静かに耳を傾ける。
「でも……。」
ゆうとは自由帳を開いた。
そこには、色鉛筆で描かれた夜空と、親子の絵。
隣には、小さな文字。
『こんどのなつ、いっしょにほしをみにいこう』
「お父さん、お仕事の途中で事故にあって。」
「去年、お空に行っちゃった。」
静かな沈黙が流れる。
さくらは思わず胸の前で手を組んだ。
レンは窓の外へ視線を向ける。
トワは自由帳をそっと閉じた。
「ゆうと君。」
「うん。」
「お父さんと見たかった星って、どんな星?」
ゆうとの顔が少し明るくなる。
「ペルセウス座流星群!」
「毎年いっぱい流れるんだって。」
「お父さんが教えてくれた。」
トワは微笑んだ。
「詳しいね。」
「えへへ。」
「図鑑でいっぱい調べたから。」
その笑顔の奥に、寂しさが隠れていることを、トワは感じていた。
「じゃあ。」
トワはゆっくりと言った。
「今年、一緒に見に行こうか。」
ゆうとは驚いて目を丸くする。
「でも……。」
「約束したのは、お父さんとだよ?」
トワは首を横に振る。
「うん。」
「だから、お父さんの約束を、私たちも一緒に大事にしたいんだ。」
ゆうとはしばらく黙っていた。
やがて、小さくうなずく。
「……うん。」
「見に行きたい。」
そのとき。
アオイが白紙の本を開いた。
新しい文字が、一行だけ現れる。
依頼番号002 受付完了
『星は、会えなくなった人との距離を測るものではない。願いを照らす光である。』
トワはその言葉を胸に刻みながら、窓の外を見上げた。
夕暮れの空に、一番星が輝いている。
きっと夜になれば、もっとたくさんの星が見えるだろう。
そしてその中には、誰かを思う人の願いも、静かに瞬いているのかもしれない。




