第七十一話
朝七時。
神籍管理局東京支部。
玄関の扉が開く。
「おはようございます!」
元気な声が廊下に響く。
トワだった。
「おはようございます、局長。」
受付の職員たちが笑顔で頭を下げる。
トワも慌てて頭を下げ返した。
「お、おはようございます!」
まだ少し照れくさい。
世界を救った英雄。
神籍管理局長。
そんな肩書きよりも。
ここでは、一緒に働く仲間だった。
◇
食堂から、いい香りが漂ってくる。
「今日の朝ごはんは?」
トワが顔をのぞかせる。
厨房では、年配の女性職員が味噌汁をよそっていた。
「今日は鮭の塩焼きですよ。」
「やった!」
トワが笑う。
レンが呆れたように言う。
「朝から元気だな。」
「朝ごはんは大事!」
「知ってる。」
そのやり取りに、食堂中が笑いに包まれた。
さくらも、少し離れた席からその様子を見ている。
「来る?」
トワが手招きする。
さくらは少し迷ったあと、小さく頷いた。
トレーを持って席へ向かう。
味噌汁。
焼き魚。
卵焼き。
炊きたてのご飯。
「いただきます。」
みんなの声が重なる。
さくらも、少し遅れて手を合わせた。
「いただきます。」
一口食べる。
味噌汁の温かさが、身体だけではなく心まで満たしていく。
「おいしい……。」
思わずこぼれた言葉に、厨房の女性職員が目を細めた。
「たくさん食べてね。」
「はい!」
その返事は、昨日よりもずっと明るかった。
◇
朝食のあと。
中庭では、トワがじょうろを持って花壇に水をあげていた。
さくらも隣で小さなじょうろを抱えている。
「この花は?」
「ラベンダー。」
「こっちは?」
「マーガレット。」
「じゃあ、この桜は?」
トワは若い桜の木を見上げて微笑んだ。
「みんなを見守ってくれる木。」
さくらも見上げる。
柔らかな葉が朝日に透けて輝いていた。
「私も。」
ぽつりと呟く。
「いつか誰かを見守れる人になりたい。」
トワは嬉しそうに笑う。
「なれるよ。」
「どうして分かるの?」
「だって。」
トワはじょうろを置き、さくらの目をまっすぐ見つめた。
「もう昨日、私のことを心配してくれたでしょ。」
さくらは目を丸くする。
「そんなこと……。」
「してたよ。」
「それって、誰かを見守ることの始まりだから。」
さくらは少し照れながら笑った。
その笑顔を見ていたレンが、小さく頷く。
「変わったな。」
ヨルも穏やかに言う。
「居場所が、人を育てるんだね。」
◇
その日の夕方。
アオイは白紙の本を静かに開いていた。
また一ページ。
新しい文字が現れている。
依頼番号001 完了
保護対象『さくら』
居場所、確認。
その下に、今までなかった一文が浮かび上がる。
次の依頼人が、扉の前で待っています。
ちょうどその時。
玄関の鈴が鳴った。
チリン。
夕暮れの光の中、一人の少年が立っていた。
ランドセルを背負った、小学生くらいの男の子。
少し不安そうな顔で、支部の看板を見上げている。
トワはゆっくりと扉を開けた。
「こんにちは。」
少年は顔を上げる。
「……ここ。」
「神様にお願いできる場所ですか?」
トワはしゃがみ込み、少年と目線を合わせる。
そして、優しく微笑んだ。
「お願いを、一緒に考える場所だよ。」
少年の緊張が、少しだけほどけた。
神籍管理局には今日もまた、新しい物語が訪れる。
誰かの願いを受け止めるために。




