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神籍のトワ  作者: 灯野 しおん
第四章 高天原の呼び声

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第七十一話

朝七時。


 神籍管理局東京支部。


 玄関の扉が開く。


「おはようございます!」


 元気な声が廊下に響く。


 トワだった。


「おはようございます、局長。」


 受付の職員たちが笑顔で頭を下げる。


 トワも慌てて頭を下げ返した。


「お、おはようございます!」


 まだ少し照れくさい。


 世界を救った英雄。


 神籍管理局長。


 そんな肩書きよりも。


 ここでは、一緒に働く仲間だった。



 食堂から、いい香りが漂ってくる。


「今日の朝ごはんは?」


 トワが顔をのぞかせる。


 厨房では、年配の女性職員が味噌汁をよそっていた。


「今日は鮭の塩焼きですよ。」


「やった!」


 トワが笑う。


 レンが呆れたように言う。


「朝から元気だな。」


「朝ごはんは大事!」


「知ってる。」


 そのやり取りに、食堂中が笑いに包まれた。


 さくらも、少し離れた席からその様子を見ている。


「来る?」


 トワが手招きする。


 さくらは少し迷ったあと、小さく頷いた。


 トレーを持って席へ向かう。


 味噌汁。


 焼き魚。


 卵焼き。


 炊きたてのご飯。


「いただきます。」


 みんなの声が重なる。


 さくらも、少し遅れて手を合わせた。


「いただきます。」


 一口食べる。


 味噌汁の温かさが、身体だけではなく心まで満たしていく。


「おいしい……。」


 思わずこぼれた言葉に、厨房の女性職員が目を細めた。


「たくさん食べてね。」


「はい!」


 その返事は、昨日よりもずっと明るかった。



 朝食のあと。


 中庭では、トワがじょうろを持って花壇に水をあげていた。


 さくらも隣で小さなじょうろを抱えている。


「この花は?」


「ラベンダー。」


「こっちは?」


「マーガレット。」


「じゃあ、この桜は?」


 トワは若い桜の木を見上げて微笑んだ。


「みんなを見守ってくれる木。」


 さくらも見上げる。


 柔らかな葉が朝日に透けて輝いていた。


「私も。」


 ぽつりと呟く。


「いつか誰かを見守れる人になりたい。」


 トワは嬉しそうに笑う。


「なれるよ。」


「どうして分かるの?」


「だって。」


 トワはじょうろを置き、さくらの目をまっすぐ見つめた。


「もう昨日、私のことを心配してくれたでしょ。」


 さくらは目を丸くする。


「そんなこと……。」


「してたよ。」


「それって、誰かを見守ることの始まりだから。」


 さくらは少し照れながら笑った。


 その笑顔を見ていたレンが、小さく頷く。


「変わったな。」


 ヨルも穏やかに言う。


「居場所が、人を育てるんだね。」



 その日の夕方。


 アオイは白紙の本を静かに開いていた。


 また一ページ。


 新しい文字が現れている。


依頼番号001 完了


保護対象『さくら』


居場所、確認。


 その下に、今までなかった一文が浮かび上がる。


次の依頼人が、扉の前で待っています。


 ちょうどその時。


 玄関の鈴が鳴った。


 チリン。


 夕暮れの光の中、一人の少年が立っていた。


 ランドセルを背負った、小学生くらいの男の子。


 少し不安そうな顔で、支部の看板を見上げている。


 トワはゆっくりと扉を開けた。


「こんにちは。」


 少年は顔を上げる。


「……ここ。」


「神様にお願いできる場所ですか?」


 トワはしゃがみ込み、少年と目線を合わせる。


 そして、優しく微笑んだ。


「お願いを、一緒に考える場所だよ。」


 少年の緊張が、少しだけほどけた。


 神籍管理局には今日もまた、新しい物語が訪れる。


 誰かの願いを受け止めるために。

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