第六十四話
神籍管理局東京支部。
地下最深部。
そこには、局長だけが入ることを許された部屋があった。
重厚な扉には、金色の文字が刻まれている。
特別保管庫
天之御影が静かに鍵を差し込む。
ゆっくりと扉が開いた。
中は思っていたよりも質素だった。
棚がいくつも並び、その上には古い巻物や書物、封印箱が整然と置かれている。
「これが……。」
トワは思わず息をのむ。
「神籍管理局の、一番古い資料庫。」
スズが小さく説明する。
「ここに保管されるのは、通常の神職員でも閲覧できない資料です。」
レンが一冊の帳面を手に取る。
表紙にはこう書かれていた。
未登録魂名簿
「未登録?」
ページを開く。
名前が並んでいる。
しかし、その多くは途中で途切れていた。
ア……
ミ……
ユ……
最後まで書かれていない。
「名前が欠けてる。」
トワが呟く。
アオイが静かに答えた。
「魂には名前が必要です。」
「名前は、その魂が世界と繋がるための最初の記録です。」
「ですが、ごく稀に、名前が定まる前に記録から外れてしまう魂があります。」
トワは名簿を見つめる。
「……そんなことがあるんだ。」
「はい。」
「そして、その魂は誰にも思い出されなくなります。」
その言葉に、部屋の空気が少し重くなった。
すると。
部屋の奥から、小さな音がした。
カタン。
全員が振り向く。
誰も触れていない棚から、一冊の薄い本が床へ落ちた。
トワが拾い上げる。
表紙には題名がない。
開く。
最初のページ。
依頼番号 001
次のページ。
依頼人 不明
さらにめくる。
探してください。
私の名前を。
それだけだった。
ページの端には、小さな押し花が挟まれている。
白い花。
どこかで見たことがある。
「……樹巫女の花?」
トワがつぶやく。
その瞬間、押し花が淡く光った。
部屋の中央に、小さな少女の姿が映し出される。
七、八歳ほど。
白いワンピース。
裸足。
不安そうな瞳。
「こんにちは。」
小さな声。
「神籍管理局の人?」
トワはしゃがみ込み、目線を合わせる。
「うん。」
「私はトワ。」
「神籍管理局で働いてる。」
少女は少し安心したように笑った。
「よかった。」
「みんな……私のこと、忘れちゃったの。」
その一言に、全員の表情が変わる。
スズはすぐに手帳を開く。
アオイは名簿を調べ始める。
レンは少女の様子を静かに見守る。
トワは優しく尋ねた。
「大丈夫。」
「一緒に探そう。」
「君の名前を。」
少女は小さくうなずいた。
その笑顔は、どこか樹巫女に似ていた。
神籍管理局。
新しい仕事は、世界を救うことではない。
たった一人の魂を、もう一度世界へ繋ぎ直すこと。
その最初の依頼が、静かに始まった。




