第六十三話
局長室。
誰も言葉を発しなかった。
机の上には、一冊の白い本。
題名もない。
著者もない。
ただ静かに、そこに在るだけだった。
トワは恐る恐る本に手を添える。
すると、白い表紙が淡く輝いた。
ページが自然にめくられていく。
一枚。
二枚。
三枚。
やがて、一行だけ文字が浮かび上がった。
世界番号 000001
スズが息をのむ。
「世界番号……?」
橘アオイは眼鏡を押し上げる。
「神籍管理局では、現在の世界を『世界番号000002』として管理しています。」
レンが眉をひそめた。
「つまり。」
「これは最初の世界か。」
トワの脳裏に、高天原で出会った少女の言葉がよみがえる。
「最初の世界で、私は生まれた。」
ページがもう一枚めくられる。
しかし。
そこには文字がなかった。
真っ白だった。
その下に、小さく一文だけ。
記録欠損
「欠損……?」
トワがつぶやく。
アオイは静かに首を振った。
「違います。」
「これは消されたのではありません。」
「最初から記録されていない。」
スズが驚く。
「そんなことが?」
「世界が生まれた瞬間は、誰にも観測できなかったのでしょう。」
ヨルが静かに本へ触れる。
すると、一枚のページだけが金色に輝いた。
そこには一文。
観測者以前
部屋が静まり返る。
「観測者より前……。」
創世主でさえ語らなかった時間。
神々も知らない時代。
その記録が、この本の続きを埋める鍵なのだ。
そのとき、局長室の窓から一枚の白い羽が舞い込んだ。
トワの手のひらへ、そっと落ちる。
見覚えがあった。
樹巫女が消えたとき、天魂樹から舞い散った羽と同じだった。
羽は小さな光となり、トワの耳元でささやく。
「記憶庫は、本を読む場所じゃない。」
一瞬の静寂。
「世界が、自分自身を思い出す場所。」
光はふわりと消えていく。
トワは羽が消えた空を見上げ、小さくうなずいた。
「行こう。」
「世界が忘れてしまった物語を、迎えに。」
レンは静かに剣を背負い直す。
ヨルは微笑み、スズは新しい調査記録を開く。
アオイは白紙の本を大切そうに抱えた。
神籍管理局・記憶調査班。
その最初の任務が、いま始まる。




