第六十二話
神籍管理局東京支部。
局長室。
「……記憶庫?」
トワは切符を机の上へ置いた。
昨日まで何も書かれていなかった裏面。
今は確かに文字が浮かんでいる。
次の停車駅 記憶庫
スズは分厚い資料を何冊も開いていた。
「高天原の記録。」
「黄泉駅の記録。」
「輪廻台帳。」
「神籍管理局設立史。」
「ありません。」
トワが首を傾げる。
「何が?」
「記憶庫という施設の記録が一切ありません。」
レンが腕を組む。
「意図的に消されたか。」
「それとも。」
ヨルが続ける。
「最初から記録できない場所。」
部屋が静まり返る。
その時だった。
コンコン。
局長室の扉がノックされる。
「失礼します。」
一人の青年が入ってきた。
二十代半ばほど。
眼鏡。
白衣。
胸元には神籍管理局の徽章。
「資料管理課の橘アオイです。」
スズが少し驚く。
「資料管理課?」
「昨日、封印指定資料が一冊だけ届きました。」
青年は古びた木箱を机へ置く。
「宛名は。」
「神籍の主。」
トワは息をのむ。
まただ。
終点行き列車と同じ。
自分宛て。
木箱には鍵が掛かっていた。
しかし。
トワが触れた瞬間。
カチリ。
鍵がひとりでに開く。
「開いた……。」
中には。
一冊だけ本が入っていた。
真っ白な本。
題名もない。
ページを開く。
真っ白。
次のページ。
真っ白。
全部。
真っ白。
「何これ。」
トワが首を傾げる。
その時。
本が淡く光る。
文字が浮かび始めた。
神崎トワ
全員が息をのむ。
ページが勝手にめくれる。
生誕——
そこで止まった。
文字が続かない。
代わりに。
記録なし
「え?」
さらにページがめくれる。
幼少期
記録なし
学生時代
記録なし
神籍管理局
記録なし
全て。
空白だった。
スズの顔色が変わる。
「そんな……。」
「神籍管理局の記録は、魂そのものから作られます。」
「空白になることはあり得ません。」
橘アオイが静かに呟く。
「……盗まれています。」
「記憶が。」
その言葉に、空気が凍りつく。
「誰かが。」
「局長の人生を、本から切り取っています。」
トワは思わず笑った。
「いやいや。」
「そんな漫画みたいな。」
パラリ。
一枚のページが床へ落ちた。
そこには。
幼いトワが。
知らない女性と手を繋いで笑っている絵が描かれていた。
トワはその女性を知らない。
けれど。
胸が締め付けられる。
「……誰?」
ページの文字は、滲んでいて読めなかった。
ただ一文字だけ。
母
その文字だけが、はっきりと残っていた。
そして。
誰も触れていないはずの白い本が、ひとりでに最後のページを開く。
そこには黒い文字で。
記憶庫へ返還せよ
とだけ記されていた。
トワはゆっくりと本を閉じる。
「……行こう。」
その一言で、局長室の空気が変わった。
世界を救った英雄ではない。
今ここにいるのは、一冊の本に書かれるはずだった自分自身の人生を取り戻そうとする、一人の少女だった。




