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神籍のトワ  作者: 灯野 しおん
第四章 高天原の呼び声

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第五十九話

列車の扉が開く。


 プシューッ。


 静かな音だけがホームに響く。


 トワは一歩前へ出ようとした。


「待て。」

 レンが腕をつかむ。


「一人で行くな。」

 その声は強かった。


 トワはレンを見る。

「でも、この切符……私の名前しか書いてない。」


 スズも切符を見つめる。

「《乗客一名》とあります。少なくとも、この列車が招いているのは局長だけです。」


 ヨルは列車の窓を覗き込み、小さく息をついた。


「乗客がいるように見える。」


「でも、生者でも死者でもない。」


 アマツも珍しく真剣な表情になる。

「魂の残響……いや、もっと古い何かだ。」


 駅員が静かに告げる。

「終点へ向かう列車は、魂が最初に乗った列車です。」


 トワは眉をひそめる。


「最初に……?」


「生まれる前。」


「そして。」


「輪廻へ旅立つ前。」


 誰も言葉を発しなかった。


 生まれる前の駅。


 そんな場所が存在するのか。


 トワはゆっくりと列車へ近づく。


 窓際に座る人影が見えた。


 幼い男の子。

 老いた女性。

 学生服の少女。

 会社員らしき男性。

 どこにでもいるような人たち。


 けれど、その瞳には不思議な穏やかさが宿っていた。


 男の子が、小さく笑う。


「ありがとう。」


 トワは足を止める。


「え……?」


 男の子は、それ以上何も言わない。


 別の席の女性も微笑む。

「おかげで帰れたの。」


 さらに別の老人が帽子を取る。

「長い旅だった。」


 トワは気づく。

 この人たちは──。


 今まで神籍管理局で送り出した魂。


 黄泉駅で出会った魂。


 高天原で救われた魂。


 自分が関わった人々だった。


 その誰もが、穏やかな笑顔を向けている。


 レンが静かに言う。


「……トワ。」

「お前の仕事は、ちゃんと届いてたんだな。」


 トワは思わず笑った。


 世界を救った実感は、まだなかった。


 でも。

 一人ひとりの笑顔は、確かに目の前にあった。


 そのとき、列車の一番奥。


 最後尾の席に、一人だけこちらを向いていない乗客がいた。


 白いコート。

 長い黒髪。

 窓の外を眺めている。


 どこか見覚えのある後ろ姿。


 トワは思わず呼びかける。

「……誰ですか?」


 ゆっくりと、その人物が振り向く。


 その顔を見た瞬間。

 トワは息をのんだ。

「……お母さん?」


 その女性は、優しく微笑んだ。

「大きくなったね、トワ。」


 レンも、ヨルも、スズも、その姿を見ることができない。


 彼らには、その席は「空席」にしか見えていなかった。


 終点行き列車は、乗る者ごとに違う景色を見せる列車だったのだ。


 トワは震える声で、一歩前へ進む。

「会いたかった……。」


 女性は静かに頷く。

「私も。」


 その一言だけで。

 トワの瞳から、静かに涙がこぼれ落ちた。

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