第六十話
「……会いたかった。」
その言葉は。
気づけば口から零れていた。
列車の最後尾。
白いコートをまとった人物は、静かにこちらを見つめている。
その顔は、はっきりと見えない。
光に包まれているようで。
霧の向こうにいるようで。
それでも。
なぜか懐かしかった。
「あなたは……。」
問いかけようとした、その時。
駅員が静かに首を振る。
「まだ、その名を知る時ではありません。」
トワが振り返る。
「どういうこと?」
「終点へ至る旅は、一度では終わりません。」
列車のベルが鳴る。
カラン――。
発車の合図。
白いコートの人物が、小さく微笑む。
そして。
唇だけが動いた。
『またね。』
その一言だけ。
声は聞こえなかった。
扉が閉まる。
ゆっくりと。
静かに。
終点行き列車は、闇の中へ走り去っていった。
光の尾を残しながら。
ホームに残されたトワは、しばらく動けなかった。
「局長。」
スズがそっと声を掛ける。
「何が見えましたか?」
トワは少し考えた。
「……分からない。」
「でも。」
「絶対に、もう一度会いたい人。」
レンはその答えを聞いて、何も尋ねなかった。
ただ、トワの隣に立つ。
ヨルが十三番ホームを見回す。
「消えていく。」
赤い『13』の表示が薄れていく。
ホームそのものが霞のように溶け始めた。
駅員も帽子を取り、一礼する。
「本日は、ご乗車ありがとうございました。」
「え?」
「局長は、まだ乗ってませんよ?」
スズが不思議そうに言う。
駅員は穏やかに笑った。
「いいえ。」
「魂は、確かに一駅だけ旅をしました。」
その意味を誰も理解できなかった。
次の瞬間。
十三番ホームは跡形もなく消えた。
そこには、十二番ホームの壁しか残っていない。
「……夢?」
トワが呟く。
「違う。」
レンが床を指差した。
そこには一枚の古い切符が落ちていた。
《終点行き》
しかし、裏面の文字だけが変わっていた。
《次の停車駅 記憶庫》
スズが息をのむ。
「記憶庫……?」
神籍管理局の資料にも載っていない名称だった。
トワは切符を胸ポケットへしまう。
「行こう。」
「今度は私たちの仕事として。」
レンが頷く。
ヨルが静かに笑う。
アマツは肩をすくめる。
スズは新しい手帳を開き、予定を書き込む。
神籍管理局の新たな任務。
それは世界を救うことではない。
忘れられた魂の記憶を探し、本来あるべき場所へ送り届けること。
トワたちの、本当の仕事が始まろうとしていた。




