第五十八話
黄泉駅。
その名を聞くだけで。
トワの胸は少しざわつく。
初めてここへ来た日。
死者と生者の境界。
迷い魂たちの集う場所。
あの日は何も知らなかった。
けれど今は違う。
神籍の主。
神籍管理局長。
世界を救った存在。
肩書きだけは立派になった。
「中身は変わってないけど。」
レンが即答する。
「変われ。」
「無理。」
黄泉駅構内。
ヨルが吹き出した。
アマツはすでに笑っている。
スズだけが真面目だった。
「局長。」
「十三番ホームはこの先です。」
案内板を見る。
そこには。
1番ホーム
2番ホーム
3番ホーム
いつもの表示。
だが。
最奥。
存在しないはずの場所。
薄暗い通路の先に。
もう一つの案内板があった。
13
赤い数字。
見た瞬間。
トワの胸が痛む。
「これ……。」
レンも表情を変えた。
「嫌な感じがする。」
ヨルが壁へ触れる。
「古い。」
「ものすごく古い。」
アマツも頷く。
「高天原より前かも。」
静寂。
高天原より前。
そんなものがあるのか。
トワたちは通路を進む。
一歩。
一歩。
足音だけが響く。
そして。
やがて見えてきた。
ホーム。
十三番ホーム。
誰もいない。
静かだった。
だが。
異様だった。
時計がない。
発車案内もない。
列車もない。
あるのは。
一本のベンチ。
そして。
古びた切符。
ベンチの上に置かれていた。
「切符?」
トワが手に取る。
その瞬間。
文字が浮かび上がった。
《終点行き》
全員が息を呑む。
さらに。
裏側。
そこには。
こう書かれていた。
《乗客一名》
《神崎トワ》
空気が凍る。
「……私?」
レンが即座に前へ出る。
「乗るな。」
即答だった。
「でも。」
「駄目だ。」
その声は珍しく強かった。
トワも分かっている。
危険だ。
分かっている。
その時だった。
カラン。
どこかで鈴が鳴る。
ホームの奥。
闇の中。
誰かが立っていた。
白い帽子。
黒い制服。
駅員。
だが。
顔が見えない。
まるで霧がかかっているようだった。
「お待ちしておりました。」
静かな声。
「神籍の主。」
スズが警戒する。
レンも剣へ手をかける。
しかし。
駅員は敵意を見せない。
ただ。
帽子へ触れ。
小さく礼をした。
「終点行きが参ります。」
ゴォォォォォ……
遠くで音がする。
列車。
線路の向こう。
闇の彼方から。
光を灯した列車が現れる。
誰も知らない列車。
黄泉駅にも存在しない列車。
その車体には。
ただ一文字。
『始』
とだけ書かれていた。
創世の文字。
最初を意味する文字。
トワの胸が高鳴る。
すると。
胸の奥。
最初の人間の記憶が微かに反応した。
懐かしい。
そんな感覚。
そして。
誰にも聞こえないはずの声が。
トワだけに届く。
『来て。』
優しい声。
どこか寂しそうな声。
『終点で待ってる。』
その瞬間。
トワは気付く。
この旅は。
敵を倒すための旅ではない。
もっと古い。
もっと大切な何かへ。
辿り着くための旅なのだと。
列車の扉が開く。
静かに。
ゆっくりと。
そして。
ホームに誰もいないはずなのに。
車内には。
無数の人影が座っていた。
全員が。
こちらを見ている。
まるで。
トワの到着を待っていたように。




