第六話
黒い粒子が、
風に溶ける。
屋上には、
静かな雨音だけが残っていた。
トワは動けなかった。
今、
人が消えた。
いや。
あれは本当に、
“人”だったのか。
膝が震える。
頭の奥ではまだ、
さっき流れ込んできた感情が渦巻いていた。
苦しい。
消えたい。
助けて。
断末魔みたいな感情。
「……あれ、
何。」
掠れた声。
レンは数秒黙ったまま、
消えた怪物の跡を見ていた。
「空白侵食。」
「くう……はく?」
「魂が壊れ始めた人間。」
レンの声は静かだった。
「限界まで侵食されると、
ああなる。」
トワは息を呑む。
「じゃあ……
あの人、生きて――」
「もうほとんど残ってなかった。」
淡々とした口調。
感情が薄い。
なのに、
どこか疲れているようにも聞こえた。
ユラがトワの腕の中で、
小さく震えている。
『イヤ……。
イッパイ、クル……』
「……え?」
その瞬間。
校舎の下から悲鳴が響いた。
ガシャァン!!
窓ガラスが割れる音。
叫び声。
走る音。
そして。
ざわり、と。
学校全体の魂の色が、
一斉に乱れた。
レンの表情が険しくなる。
「最悪。」
「な、何が……」
「侵食が広がってる。」
レンは屋上フェンスから下を見下ろした。
トワも恐る恐る近づく。
そして凍りついた。
校庭。
廊下。
昇降口。
生徒たちが逃げ惑っている。
その中に混ざっていた。
黒い影。
人間だったもの。
空白に侵食された存在たち。
「……っ!」
数が多い。
多すぎる。
レンが小さく舌打ちする。
「こんな昼間に出るとか、
ありえない。」
「どうしてこんなこと……」
「東京が壊れ始めてるから。」
その言葉に、
トワの背筋が冷える。
壊れている。
この街が?
その時。
校庭の奥で、
一体の侵食体がこちらを見上げた。
目が合う。
瞬間。
ぞわり、と。
全身に悪寒が走る。
次の瞬間。
侵食体たちが一斉に、
屋上へ顔を向けた。
レンではない。
トワを見ている。
「……え。」
ユラが叫ぶ。
『トワ、ダメ!!』
侵食体たちが、
一斉に動いた。
校舎を。
壁を。
ありえない速度で這い上がってくる。
蜘蛛みたいに。
人間じゃない動きで。
「っ、なんで!?」
レンがトワを見る。
その目に初めて、
焦りが浮かんだ。
「神崎、
下がって。」
「で、でも――」
「いいから!」
低い声。
空気が震える。
同時に。
レンの周囲の景色が、
ゆらりと歪んだ。
色が消える。
音が遠ざかる。
まるで、
世界そのものがレンを拒絶しているみたいに。
侵食体たちが、
屋上へ飛び込んできた。
十体以上。
黒い影の群れ。
その瞬間。
レンが呟く。
「――失せろ。」
轟、と。
空気が爆ぜた。




