第五十五話
静寂。
誰も動かなかった。
トワの背中。
そこに広がる翼を見ていた。
白金色の翼。
だが。
ただの光ではない。
無数の想い。
無数の願い。
無数の人生。
その全てが羽となっていた。
最初の人間。
シオン。
樹巫女。
そして。
今まで出会った魂たち。
彼らの願いが。
トワを支えている。
「希望……。」
創世主が呟く。
「完成した。」
神々が息を呑む。
天之御影は跪いた。
神としてではない。
一つの魂として。
その光に敬意を払った。
一方。
カグロは震えていた。
「違う。」
「そんなはずがない。」
「希望は脆い。」
「人は裏切る。」
「必ず絶望する!」
叫び声。
まるで。
自分自身に言い聞かせるように。
トワは静かに歩き出す。
一歩。
一歩。
カグロへ向かって。
「そうだよ。」
トワが言う。
「人は傷つく。」
「裏切ることもある。」
「絶望もする。」
カグロの瞳が揺れる。
「だったら!」
「だったら何故!」
怒鳴る。
その顔は。
もう敵ではなかった。
泣いている子供だった。
「何故信じられる!!」
その瞬間。
トワは理解した。
カグロもまた。
かつて誰かを失ったのだと。
絶望したのだと。
だから。
終わらせたくなった。
傷つかないために。
トワは立ち止まる。
「カグロ。」
「怖かったんだね。」
静寂。
カグロの身体が震える。
「黙れ。」
「大切なものを失ったんだ。」
「黙れ!!」
黒い力が暴走する。
高天原が揺れる。
観測者たちが咆哮する。
だが。
トワは逃げなかった。
「私も怖いよ。」
樹巫女を思い出す。
ユラ。
レン。
ヨル。
みんなを失うのは怖い。
怖くて仕方ない。
「でも。」
トワは微笑む。
「それでも一緒にいたい。」
その言葉。
その瞬間。
カグロの瞳から涙が零れた。
「……あ。」
本人すら気付いていなかった。
何千年も。
忘れていた感情。
悲しみ。
喪失。
寂しさ。
それらが溢れ出す。
「私は……。」
「守れなかった。」
黒い力が崩れ始める。
「誰も。」
膝をつく。
観測者の欠片ではない。
一人の神として。
一人の孤独な存在として。
泣いていた。
その時。
最上位存在が動く。
巨大な瞳。
その視線がカグロへ向く。
そして。
静かに告げた。
《観測完了》
《結論更新》
世界が静まる。
観測者たちも動きを止める。
創世主が顔を上げる。
まさか。
そんな顔だった。
最上位存在は続ける。
《感情は非効率》
《苦痛を生む》
《だが》
長い沈黙。
そして。
初めて。
ほんの僅かに。
優しい響きが混じる。
《価値を確認》
高天原が震える。
神々が目を見開く。
創世主は泣いていた。
何億年。
何兆年。
誰にも理解されなかった願い。
それが。
今。
届いた。
最上位存在はゆっくりと手を引く。
裂け目が閉じ始める。
観測者たちが消えていく。
赤い瞳が一つずつ閉じる。
終わる。
長かった戦いが。
だが。
最後に。
最上位存在はトワを見る。
そして。
たった一つ。
問いを残した。
《希望》
《次は何を望む》
世界中が。
その答えを待っていた。
トワは少し考える。
そして。
笑った。
「みんなでご飯食べたい。」
沈黙。
レンが吹き出す。
ヨルが笑う。
アマツが腹を抱える。
創世主まで笑っていた。
高天原に。
久しぶりの笑い声が響く。
そして。
最上位存在もまた。
ほんの少しだけ。
沈黙したあと。
《……理解不能》
そう答えた。
だが。
その声は。
どこか楽しそうだった。
裂け目が閉じる。
空が青くなる。
天魂樹が揺れる。
白い花びらが舞う。
その中で。
トワは確かに聞いた。
『おかえり。』
樹巫女の声を。




