第五十四話
「いやああああっ!!」
トワの叫びが響く。
白い光。
溢れる光。
樹巫女の姿は。
もうどこにもなかった。
代わりに。
天魂樹が輝いている。
今までで最も美しく。
最も悲しく。
「樹巫女……。」
レンが拳を握る。
ヨルは黙っていた。
アマツも笑わない。
誰もが分かっていた。
彼女は。
自分を犠牲にした。
その時。
カグロの黒い槍が。
光の壁へ衝突する。
ドォォォォォン!!
天地が揺れる。
しかし。
壁は砕けない。
樹巫女が最後に残した結界。
命と引き換えの防壁だった。
「そんな……。」
カグロが初めて動揺する。
「なぜだ。」
「なぜ守る。」
「消えれば終わるだけなのに。」
その時だった。
天魂樹から声が響く。
優しい声。
聞き慣れた声。
『だって。』
トワが顔を上げる。
「樹巫女!」
光の中。
少女の姿が浮かぶ。
透けている。
けれど。
笑っていた。
『ここが好きだから。』
静かな声。
『神様も。』
『人も。』
『魂も。』
『みんな好きだから。』
カグロが顔を歪める。
「理解できない。」
『うん。』
樹巫女は頷く。
『私も昔は分からなかった。』
『でも。』
『神籍の主に会ったから。』
トワが目を見開く。
『笑うこと。』
『泣くこと。』
『誰かを大切に思うこと。』
『それが嬉しかった。』
樹巫女の身体が薄くなる。
時間がない。
トワは涙を拭う。
「嫌だ。」
「行かないで。」
子供みたいな言葉。
それでも。
止められなかった。
『ありがとう。』
樹巫女は微笑む。
『でもね。』
『私、消えるわけじゃないよ。』
「え?」
『私は樹だから。』
天魂樹の葉が揺れる。
光が舞う。
『春になれば芽吹く。』
『夏になれば茂る。』
『秋になれば実を結ぶ。』
『冬になれば眠る。』
『また会えるよ。』
その言葉は。
どこか希望に満ちていた。
『だから。』
『泣かないで。』
トワは泣いていた。
それでも。
少しだけ笑った。
「約束だよ。」
『うん。』
『約束。』
光が消える。
静かに。
優しく。
まるで。
春風のように。
そして。
天魂樹の頂上に。
一輪の白い花が咲いた。
誰も見たことのない花。
樹巫女の花だった。
その瞬間。
トワの胸の奥で。
何かが変わる。
悲しい。
苦しい。
失いたくなかった。
それでも。
樹巫女は笑っていた。
だから。
前を向かなければならない。
トワはゆっくり立ち上がる。
涙を拭く。
そして。
カグロを見る。
初めて。
怒りがあった。
優しいだけではない。
守りたいから怒る。
失いたくないから戦う。
それもまた。
希望だった。
「カグロ。」
静かな声。
だが。
高天原全体が震える。
完全な神籍。
希望の光が膨れ上がる。
「もう終わりにしよう。」
カグロが後退る。
初めて。
恐怖が浮かぶ。
なぜなら。
今のトワの背後には。
数え切れない光が見えていた。
最初の人間。
シオン。
樹巫女。
そして。
今まで出会った全ての魂。
彼女は一人ではない。
希望とは。
誰かから誰かへ繋がるもの。
その答えに。
ついに辿り着いたのだから。




