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神籍のトワ  作者: 灯野 しおん
第四章 高天原の呼び声

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第五十六話

静かな風が吹いていた。


 高天原の空は青い。


 裂け目は消えた。


 観測者もいない。


 長かった戦いが終わったのだ。


 神々はまだ信じられずにいた。


 本当に。


 本当に終わったのかと。


 しかし。


 天魂樹は答えるように枝を揺らす。


 さらさらと。


 葉擦れの音が響く。


 平和だった。


「終わったね。」


 トワが呟く。


「終わったな。」


 レンが隣に立つ。


 どちらからともなく。


 肩が触れる。


 少しだけ。


 温かかった。


「疲れた。」


「だろうな。」


「レンも?」


「かなり。」


 二人は顔を見合わせる。


 そして。


 同時に笑った。


 生きている。


 それだけで。


 十分だった。


 その時。


 天之御影が近づいてくる。


 その後ろには。


 神々の列。


 高天原の全神。


 雷神。


 海神。


 風神。


 炎神。


 皆が頭を下げた。


「え。」


 トワが固まる。


「ちょっと待って。」


「なんで?」


 天之御影は微笑む。


「感謝です。」


「世界を守ってくださった。」


「いや。」


 トワが慌てる。


「私だけじゃないし!」


 レンを見る。


 ヨルを見る。


 アマツを見る。


「みんな頑張ったし!」


 その言葉に。


 神々が笑った。


「だからこそ。」


 天之御影は答える。


「あなたなのです。」


 トワは困った顔をする。


 やっぱり。


 こういうのは苦手だった。


 その時。


 ふわりと。


 白い花びらが舞う。


 天魂樹の頂上。


 樹巫女の花が咲いている。


 風に揺れながら。


 まるで。


 笑っているみたいだった。


「約束。」


 トワが呟く。


「また会おうね。」


 葉が揺れた。


 返事みたいに。



 その夜。


 高天原最大の宴が開かれた。


 神々の宴。


 千年ぶり。


 いや。


 万年ぶりかもしれない。


 長い机。


 並ぶ料理。


 響く笑い声。


「うまい!」


 トワが叫ぶ。


「だから何杯目だ。」


 レンが呆れる。


「五杯目!」


「食い過ぎ。」


 ヨルが笑う。


 アマツはすでに酔っていた。


「勝ったからいいんだよ!」


「神様なのに酔うの?」


「酔う。」


「へぇ。」


 くだらない会話。


 でも。


 それが嬉しかった。


 創世主もいる。


 神々もいる。


 みんな笑っている。


 最初の人間が願った世界。


 孤独じゃない世界。


 その願いは。


 ちゃんと叶っていた。


 そして。


 宴の終わり。


 トワは一人。


 天魂樹の下へ来ていた。


 夜風が心地いい。


 見上げる。


 巨大な樹。


 静かな光。


 その時だった。


『トワ。』


 聞こえた。


「!」


 振り向く。


 そこには。


 小さな光。


 樹巫女によく似た光。


『おかえり。』


 優しい声。


 トワは泣きそうになった。


「ただいま。」


 光が嬉しそうに揺れる。


『これから大変だよ。』


「え?」


『神籍の主のお仕事。』


 嫌な予感。


『書類いっぱい。』


 沈黙。


「……え?」


『いっぱい。』


 さらに沈黙。


「レン。」


 後ろを振り向く。


「逃げよう。」


「無理だ。」


 即答だった。


 ヨルが吹き出す。


 アマツが笑い転げる。


 天之御影がなぜか大量の書類を抱えている。


「神崎トワ様。」


 満面の笑顔。


「積もっております。」


「いやああああ!!」


 悲鳴が高天原に響く。


 神々の笑い声が続く。


 世界は救われた。


 けれど。


 トワの日常は。


 まだまだ終わらない。


 それでいい。


 笑って。


 泣いて。


 悩んで。


 誰かと生きていく。


 それこそが。


 希望なのだから。


 天魂樹の葉が揺れる。


 夜空には星。


 そして。


 新しい物語が始まろうとしていた。

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