第四十三話
黎。
その名前が響いた瞬間。
レンの身体が大きく揺れた。
「っ……!」
頭の奥が痛む。
見たことのない景色。
知らない声。
知らないはずの記憶。
なのに。
懐かしい。
レンは膝をついた。
「レン!」
トワが駆け寄る。
その瞬間。
レンの瞳が白銀に染まった。
会議室が光に包まれる。
そして。
全員の意識が引き込まれた。
記憶の世界へ。
◇
そこは。
世界が生まれる前だった。
暗い海。
終わりのない静寂。
その中に。
三つの光があった。
白。
黒。
銀。
トワは息を呑む。
「私……。」
白い光。
シオン。
黒い光。
ヨル。
そして。
銀の光。
レン。
いや。
黎。
三つの光は並んでいた。
ずっと。
最初から。
創世主の傍で。
その時。
優しい声が響く。
『君たちは私の願いだ。』
創世主。
まだ今より少し幼い姿。
『シオン。』
『君は希望。』
白い光が輝く。
『ヨル。』
『君は寄り添う夜。』
黒い光が揺れる。
『そして黎。』
銀の光が応える。
『君は境界だ。』
静寂。
『始まりと終わり。』
『命と死。』
『世界の内側と外側。』
『その全てを繋ぐ者。』
トワは息を呑む。
だから。
レンはいつも境界にいた。
神でもない。
人でもない。
魂でもない。
どちらにも属していた。
その時だった。
暗闇が揺れる。
赤い瞳。
観測者。
巨大な影が現れる。
世界すら存在しない場所へ。
観測者が現れた。
『異常確認。』
『排除対象。』
創世主が前へ出る。
『待って。』
『この世界は――』
『不要。』
無慈悲な声。
その瞬間。
観測者の力が放たれる。
世界の原型が崩れ始める。
創世主は三人を見る。
悲しそうに。
そして。
微笑んだ。
『ごめんね。』
『まだ早かった。』
シオンが叫ぶ。
ヨルが泣く。
黎が手を伸ばす。
だが。
届かない。
創世主は自らの魂を砕く。
無数の光。
世界へ降り注ぐ。
その最後。
最も大きな欠片が。
黎へ飛んだ。
『君に託す。』
『皆を守って。』
銀の光が震える。
『君だけは覚えていて。』
そして。
世界が始まった。
◇
記憶が終わる。
会議室へ戻る。
レンは立ち尽くしていた。
全てを思い出した。
なぜ自分がトワを守り続けたのか。
なぜ初めて会った時から。
放っておけなかったのか。
なぜ。
命を懸けても守ろうとしたのか。
理由は単純だった。
約束したからだ。
世界が始まる前に。
トワを見る。
トワも見ていた。
何も言わない。
でも。
分かった。
互いに。
「レン。」
「……トワ。」
その時。
創世主が微笑む。
「やっと揃った。」
三つの光。
希望。
夜。
境界。
世界を支える最初の欠片たち。
だが。
その瞬間。
会議室全体が激しく揺れた。
警報が鳴り響く。
「緊急事態!」
カナメの叫び。
「高天原最上層に反応!」
「何!?」
モニターが切り替わる。
そこに映ったのは。
天魂樹の頂上。
本来誰も入れない場所。
その枝の先に。
一人の少女が立っていた。
銀色の髪。
真紅の瞳。
そして。
トワと同じ顔。
少女は静かに微笑む。
「久しぶり。」
トワの背筋が凍る。
「……誰。」
少女は答える。
「あなた。」
そして。
創世主でさえ凍りつく名前を口にした。
「私は本当のシオン。」
「あなたが忘れた半分。」




