第三十一話
それは。
空ではなかった。
トワは理解する。
空が裂けたのではない。
空の向こう側が見えたのだ。
世界の外側。
遥か昔。
神々が生まれる前。
輪廻が始まる前。
魂という概念すら存在しなかった時代。
そこから。
"何か"が覗いていた。
巨大な赤い瞳。
山を覆う黒い翼。
見るだけで魂が軋む。
京都支部の隊員たちが次々に膝をつく。
「見ちゃ駄目だ!」
ミコが叫ぶ。
だが遅い。
何人かが意識を失った。
レンが即座に結界を展開する。
「神崎!」
トワの前に立つ。
しかし。
トワだけは目を逸らせなかった。
その存在が。
泣いていたから。
誰にも分からない。
だがトワには分かった。
あれは怒りではない。
憎しみでもない。
果てしない孤独。
それだけだった。
「……かわいそう。」
思わず呟く。
その瞬間。
アマツが振り返った。
驚いた顔。
そして。
少しだけ笑った。
「やっぱり。」
トワはアマツを見る。
「知ってるの?」
アマツは頷く。
「知ってる。」
静かな声。
「僕より古い存在だから。」
全員が凍りつく。
ミコでさえ息を呑んだ。
「名前はない。」
アマツが空を見上げる。
「昔は呼ぶ言葉も無かった。」
「……。」
「ただ存在していた。」
黒い翼が空を覆う。
京都の街に夜が落ちる。
まだ夕方なのに。
完全な闇。
「世界は後から作られた。」
アマツが続ける。
「魂も。」
「神も。」
「輪廻も。」
「全部後から。」
トワは息を呑む。
「じゃあ、
あれは何なの。」
アマツは少し考えた。
そして。
「最初の孤独。」
その言葉を聞いた瞬間。
ヒカリが涙を流した。
ユラたちも震える。
ミコは目を閉じる。
まるで。
昔から知っていた名前みたいに。
すると。
巨大な存在が再び声を上げた。
「■■■■■■」
世界が揺れる。
鳥居が軋む。
結界が砕ける。
その時。
トワの胸が光った。
白い光。
暖かい。
優しい光。
巨大な存在が動きを止める。
赤い瞳がトワを見る。
まるで。
あり得ないものを見たように。
「……。」
静寂。
そして。
初めて言葉になった。
「……いた。」
掠れた声。
古すぎて。
壊れそうな声。
「いた。」
もう一度。
「まだ、
いたのか。」
トワの胸が苦しくなる。
何故だろう。
泣きたくなる。
その時。
ミコが叫んだ。
「トワ!!」
振り向く。
ミコの顔が青ざめていた。
「近づいちゃ駄目!!」
「え?」
「その子は――」
だが。
言葉は最後まで続かなかった。
空が光る。
轟音。
巨大な存在の身体が崩れ始める。
黒い羽根が無数に降り注ぐ。
そして。
その中心から。
一人の少年が落ちてきた。
黒い髪。
赤い瞳。
十五歳くらい。
どこか。
とても寂しそうな顔。
トワは思わず走り出していた。
「危ない!」
レンが叫ぶ。
だが。
間に合わない。
少年は地面へ落ちる。
その瞬間。
トワが抱き止めた。
少年は驚いた顔をする。
初めて触れられたみたいに。
「……あたたかい。」
小さな声。
「君は。」
少年の瞳に涙が浮かぶ。
「本当に、
まだいたんだね。」




