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神籍のトワ  作者: 灯野 しおん
第三章 『ユラ』

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第二十五話

夜風が吹いた。


 祠の前に残っていた金色の光は、

 ゆっくりと消えていく。


 ヒカリはまだ、

 自分の名前を何度も確かめるように呟いていた。


「……ヒカリ。」


 嬉しそうだった。


 生まれたばかりの子供みたいに。


 ユラたちも飛び回る。


『ヒカリ!』


『ヒカリ!』


「ふふっ。」


 ヒカリが笑う。


 その笑顔を見て、

 トワも自然と笑顔になる。


 だが。


 レンだけは遠くを見ていた。


 表情が硬い。


「レン?」


 トワが呼ぶ。


 レンは答えない。


 代わりに。


 静かに夜の林を見つめている。


 その時だった。


 カサリ。


 木々の奥で何かが動いた。


 レンの目が細くなる。


「……来た。」


 次の瞬間。


 空気が変わった。


 冷たい。


 嫌な気配。


 祠の周囲に黒い霧が広がる。


 ヒカリの笑顔が消えた。


「トワ。」


 その声には、

 明確な恐怖があった。


 ユラたちも震え始める。


『イヤ。』


『コワイ。』


 トワの背筋に悪寒が走る。


 林の奥から、

 誰かが歩いてくる。


 コツ。


 コツ。


 ゆっくり。


 まるで散歩でもするみたいに。


 現れたのは。


 一人の青年だった。


 二十代前半くらい。


 黒いコート。


 長い黒髪。


 そして。


 異様なほど整った顔立ち。


 だが。


 一番目を引くのは瞳だった。


 赤い。


 血みたいな赤。


 青年は微笑む。


「こんばんは。」


 柔らかな声。


 なのに。


 本能が叫ぶ。


 危険だと。


 レンが前へ出る。


「帰れ。」


 即答だった。


 青年は少し笑う。


「相変わらずだね。」


 その言葉に。


 トワは気付く。


 この男も、

 レンを知っている。


「久しぶりだ。

 空木レン。」


 レンの表情が消える。


 完全に。


「……シグレ。」


 青年――シグレは嬉しそうに笑った。


「覚えててくれたか。」


 空気が重くなる。


 トワは初めて見る。


 レンがここまで警戒する姿を。


 シグレはゆっくり視線を動かした。


 トワを見る。


 ユラを見る。


 ヒカリを見る。


 そして。


 満足そうに頷いた。


「なるほど。」


 まるで宝物を見つけたみたいに。


「三つとも揃ってる。」


 ヒカリが震える。


 ユラたちもトワの後ろへ隠れた。


 シグレが微笑む。


「探したよ。」


 その笑顔は優しい。


 なのに。


 底知れない恐ろしさがあった。


「神の子。」


 トワの身体が強張る。


 シグレは一歩近づく。


「一緒に来ないか?」


 静かな誘い。


「君が来れば、

 誰も苦しまなくて済む。」


「……何を言ってるの。」


 トワが睨む。


 シグレは悲しそうに笑った。


「この世界は壊れてる。」


 風が吹く。


 黒い霧が揺れる。


「魂の数が決まっている世界。」


「……。」


「生まれたくても生まれられない命。」


 トワは黙る。


 それは。


 黄泉列車で見た魂たちのことだろうか。


 シグレは続ける。


「僕たち空蝕は、

 世界を壊したいわけじゃない。」


 赤い瞳が細まる。


「作り直したいだけだ。」


 その瞬間。


 レンが前へ出る。


「黙れ。」


 低い声。


 怒りが滲む。


 シグレは肩を竦めた。


「本当のことだろ?」


「違う。」


「違わない。」


 二人の間の空気が軋む。


 まるで。


 昔から積み重なった何かがあるみたいに。


 トワは気付く。


 レンとシグレは、

 ただの敵同士じゃない。


 もっと深い因縁がある。


 シグレは最後にトワを見る。


「また来る。」


 優しく微笑む。


「君が選ぶ日まで。」


 その瞬間。


 黒い霧が広がった。


 風。


 闇。


 そして。


 シグレの姿は消える。


 静寂。


 誰も動かない。


 やがて。


 レンが小さく舌打ちした。


「……最悪だ。」


 トワは震える声で尋ねる。


「レン。」


「何。」


「今の人、

 誰なの。」


 レンはしばらく黙る。


 そして。


 夜空を見上げたまま呟いた。


「空蝕幹部。」


 その声は重かった。


「俺の、昔の相棒だ。」

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