第二十六話
夜は深かった。
祠を離れたあとも、
トワの頭の中は整理できていなかった。
空蝕。
シグレ。
そして。
レンの昔の相棒。
神籍管理局へ戻る途中も、
レンはほとんど喋らなかった。
ユラたちですら空気を読んでいる。
『……。』
『……。』
ヒカリも静かだった。
神籍管理局東京支部。
地下施設の一室。
カナメは報告書を読みながら眉をひそめていた。
「最悪ですね。」
机の向かいにはレン。
壁際にはトワたち。
カナメはため息をつく。
「黄泉列車出現。」
「うん。」
「神の子覚醒。」
「うん。」
「空蝕幹部接触。」
「うん。」
「全部最悪です。」
レンは少し笑った。
カナメは笑わない。
本気で頭を抱えていた。
その時。
トワが口を開く。
「レン。」
「ん?」
「シグレさんって、
本当に相棒だったの?」
部屋が静かになる。
レンの笑みが消えた。
カナメも黙る。
しばらく沈黙。
やがてレンが椅子にもたれた。
「……昔の話。」
「聞きたい。」
トワは真っ直ぐ言う。
レンは困った顔をした。
「面白くないよ。」
「いい。」
レンは数秒考えた後、
諦めたように天井を見る。
「十年前。」
静かな声。
「俺とシグレは、
同じ部隊だった。」
トワは耳を傾ける。
「神籍管理局の?」
「うん。」
カナメが補足する。
「特務零課。」
その言葉に、
部屋の空気が少し重くなる。
「危険度S以上の案件だけを扱う、
特殊部隊です。」
レンは苦笑する。
「要するに、
死ぬ仕事。」
トワは顔をしかめた。
「その頃の俺は。」
レンが窓のない壁を見る。
「今よりずっと酷かった。」
静かな声。
「感情なんかほとんど無かった。」
ユラたちも黙って聞いている。
「人が死んでも何も思わない。」
「レン……」
「助けても助けなくても同じだった。」
トワの胸が痛む。
今のレンからは想像しづらい。
けれど。
どこか納得もできた。
あの空っぽな魂。
あの異質さ。
「シグレだけだった。」
レンが呟く。
「普通に話しかけてきたの。」
「……。」
「怖がらなかった。」
初めて。
レンの声に懐かしさが混じる。
「面倒な奴だった。」
少しだけ笑う。
「毎日話しかけてきて。」
「うん。」
「勝手に昼飯持ってきて。」
「うん。」
「勝手に相棒になった。」
トワは思わず笑った。
少しだけ。
今のレンと似ている。
だが。
その笑みはすぐ消えた。
「ある任務があった。」
部屋が静かになる。
「京都。」
その地名に、
カナメの目が動く。
「……伏見。」
レンが呟く。
トワは聞き覚えがある。
京都。
伏見。
神社の多い場所。
「そこで。」
レンの拳が僅かに握られる。
「黄泉の門が開いた。」
空気が凍る。
「今までで一番大きなやつ。」
トワは息を呑む。
黄泉列車ですら恐ろしかった。
それ以上。
「封印するには。」
レンは静かに言う。
「誰か一人、
向こうへ残らなきゃいけなかった。」
沈黙。
誰も喋らない。
そして。
レンは目を閉じた。
「残ったのは。」
低い声。
「シグレだった。」
トワの心臓が跳ねる。
だが。
レンは首を横に振った。
「……違うな。」
苦い笑み。
「俺が残した。」
部屋の空気が完全に止まった。
その瞬間。
部屋の外で何かが落ちる音がした。
ガシャン――。
全員が振り向く。
カナメが立ち上がる。
「誰です!」
扉の向こう。
気配。
誰かいる。
レンの目が細くなる。
そして。
聞こえた。
小さな笑い声。
「聞いちゃったか。」
扉の向こうから。
シグレの声が響いた。




