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神籍のトワ  作者: 灯野 しおん
第二章『神籍管理局』

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第二十話

地下施設には、

 まだ警報音が鳴り続けていた。


 赤い警告灯。


 崩れた壁。


 煙。


 焦げた空気。


 だが。


 侵食は消えていた。


 あれほど満ちていた黒い気配が、

 嘘みたいに静まっている。


 隊員たちは呆然と立ち尽くしていた。


 誰も動けない。


 誰も、

 今起きたことを理解できていない。


 トワはその場へ座り込んでいた。


 身体に力が入らない。


 白い光も、

 少しずつ消えていく。


 ユラが弱々しく肩へ戻ってきた。


『……トワ。』


「ユラ……!」


 小さな身体。


 温かい。


 でも。


 少し透けていた。


 トワの顔が青ざめる。


「待って……

 消えないで。」


『ダイジョブ……』


 ユラは無理に笑うみたいに、

 小さく鳴いた。


 だが明らかに弱っている。


 レンが静かにしゃがみ込み、

 ユラを見る。


 その表情が少し険しかった。


「……力使いすぎ。」


『レン……』


「まだ生まれたばっかなんだから、

 無茶しない。」


 レンの声は、

 驚くほど優しかった。


 トワは少し目を見開く。


 その時。


 カナメがゆっくり近づいてきた。


 いつもの冷静な顔。


 ……のはずだった。


 だが今は違う。


 彼女の魂の色は、

 激しく揺れていた。


 混乱。


 畏怖。


 そして。


 希望。


 カナメはトワの前で止まり、

 静かに言う。


「神崎トワ。」


 トワが顔を上げる。


「あなたは、

 危険指定対象から除外されました。」


「……え。」


「代わりに。」


 カナメが小さく息を吐く。


「特級保護対象へ移行します。」


 隊員たちがざわつく。


 特級。


 それが特別な意味を持つことくらい、

 トワにも分かった。


「……私、

 何なの。」


 震える声。


 カナメは数秒黙った後、

 静かに答えた。


「まだ断定はできません。」


 だが。


 彼女は真っ直ぐトワを見る。


「あなたは、

 東京を救う可能性があります。」


 その言葉は、

 重かった。


 レンが横でぼそりと言う。


「救世主扱いはやめなよ。」


「空木。」


「そういうの、

 一番壊れるから。」


 空気が静まる。


 カナメはレンを見る。


「……あなたは。」


 言葉を探すような沈黙。


 やがて彼女は、

 静かに続けた。


「なぜ神崎トワを守るんですか。」


 レンが一瞬だけ黙る。


 その横顔が、

 少しだけ幼く見えた。


「……知らない。」


 本当に分からない、

 みたいな声だった。


「でも。」


 レンは小さく笑う。


 少し困ったみたいに。


「なんか、

 消えたら嫌だなって思う。」


 トワの胸が、

 小さく鳴った。


 レン自身も、

 その感情に戸惑っている顔だった。


 カナメは静かに目を伏せる。


「……空白が、

 感情を。」


 誰にも聞こえないくらい小さな呟き。


 その時。


 施設奥で、

 再び警報が鳴った。


『零号線封印再構築開始――』


『境界安定率回復中――』


 隊員たちが動き始める。


 崩れた地下施設へ、

 少しずつ日常が戻っていく。


 だが。


 誰ももう、

 “以前と同じ東京”へは戻れない。


 トワは理解していた。


 世界は変わった。


 いや。


 最初から、

 知らなかっただけだ。


 その時。


 レンが立ち上がる。


「……帰ろ。」


「え?」


「今日はもう終わり。」


 トワは呆然と瞬きをした。


「帰るって……

 どこに。」


 レンは少し考えてから、

 当たり前みたいに言う。


「地上。」


 その言葉が妙に可笑しくて。


 トワは、

 張り詰めていたものが少しだけ緩むのを感じた。


 ユラが小さく鳴く。


『……オナカスイタ。』


 沈黙。


 そして。


 レンが吹き出した。


「ははっ。」


 初めてだった。


 レンが、

 本当に笑ったのは。

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