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「? 私は何か変なことを言ったか?」
「いえ、そうではないのですが……私にお部屋を割り当ててくださるのですか?」
「当然そのつもりだ。……念のために聞くのだが、伯爵邸ではどんな場所で寝起きしていた?」
「……使われていない物置の片隅です……」
夏は風が通らず、冬は底冷えがして、お世辞にも快適とは言えない場所だった。それでも、屋根があるだけまだましだと思って受け入れてきた。豪華な居室には掃除の時しか入ったことがない。
「…………」
ナイジェルは額に手を当てて沈黙した。ややあって言う。
「そういえば君は、支度する時間をまったく必要としていなかったな。まさかとは思うが、私物がなかった、とか……?」
「ええと……一つだけあります。これです」
セレスティナは懐に手を入れて小さな壺を取り出した。マリーに投げつけられた、祖母の口紅だ。さいわい壺自体は割れていなかったので、土の入ってしまった紅を取り除いてから洗っておいた。形見として大切にするつもりだ。
(あのときは絶望の象徴のように思えたけれど……あの家を出られた夜を象徴するものでもあるし、返せとは言われないだろうから私のものにしていいはずよね……)
「…………それだけか……?」
「そうです。それと、これ……」
セレスティナは懐にもう一つ入れていたものを取り出した。ナイジェルに借りた手巾だ。結局、少し涙を拭うだけにしか使っていない。これで口紅を拭うことなど勿体なさすぎて出来なかった。
「お貸しくださって本当にありがとうございました。道中で洗って火熨斗も当てていただいたのですが……もしかして、お返しする方がご迷惑でしょうか……」
ソレム家の者たちは、自分の持ち物にセレスティナの手が触れることをひどく嫌った。掃除をさせられた場所も、自分たちが触れることのないだろう場所ばかりだった。手巾のような身の回り品などは絶対に触らせてくれなかった。
「……いや、迷惑ではないが……」
ナイジェルは手巾を受け取った。お礼を言って返せたことでセレスティナはほっとしたのだが、手放してしまう寂しさも感じた。自分のものでもないのに勝手に心の支えのひとつにしてしまっていた。
ナイジェルはそんなセレスティナの表情を見て、改めて手巾を渡した。
「やる。使うなり捨てるなり好きにしろ」
「!? こんな高価なものを……本当によろしいのですか!?」
「同じ提案を二度はしない」
あの夜と同じ文言をナイジェルは返した。セレスティナはそれに気づき、思わず顔を綻ばせた。
「ありがとうございます! すごく嬉しいです……!」
ナイジェルははっとしたように目を見開き、ふいと目を逸らした。




