6
七日をかけて、馬車は公爵の居城についた。霧の立ち込める山道を抜けて見えてきた壮麗な城に、セレスティナは目を見開いた。ソレム家の城館とはまったく違う、歴史と実用性を兼ね備えた城だ。昔は魔物の発生がもっと頻繁で大規模で、人々が城に避難してくることもあったらしい。ファルカンド公爵家の城はその時代の名残を残し、広い敷地に立派な城壁を備えていた。
跳ね橋を渡り、主塔の馬車回しに馬車が着く。侍従らしき者が扉を外から恭しく開いた。長時間の移動のせいでふらついたセレスティナを、ナイジェルが当然のようにエスコートした。まだおそるおそるではあるが、その手を借りて馬車から降りる。
道中でセレスティナは湯浴みをさせてもらい、ドレスを用意してもらったため、伯爵邸にいた時とは打って変わって清潔でまともな格好になっている。とはいえ白い髪や痣だらけの全身が変わるわけでもないので、伝染するのではないかと恐れる者もいるだろう。なぜかナイジェルはそんな心配をせずに躊躇わずに触れてくれるのだが、むしろこちらの方がどぎまぎしてしまう。
(髪の白さも痣もなんとなくましになってきたような気がするけど、きっと気のせいね。きちんと栄養と休息を取れているおかげかもしれないわ……)
伯爵邸では朝から晩まで、それどころか深夜を過ぎても扱き使われることもあり、ろくに眠らせてもらえなかった。食事も冷めた残り物ばかり、嫌がらせで食事を抜かれることもあった。ソレム一家は人使いが荒いので使用人たちから嫌われており、その鬱憤がセレスティナに向かっていた。血筋だけはソレム家のものであるセレスティナを貶め、惨めなありさまを見て、自分よりはましだと溜飲を下げるのが使用人の常だった。
セレスティナは誰よりも働かされて使用人たちに楽をさせていたので、体を決定的に損なうようなことはされなかった。腐ったものを食べさせられて寝込んだときは皺寄せがすべて使用人たちに行ったうえ、一家の癇癪の捌け口もセレスティナから使用人に変わったので、彼ら彼女らも懲りたらしい。それからセレスティナはずっと、生かさず殺さずの状態にさせられ続けてきた。
そうしたつらい日々が、今はもう遠い。この七日間はまるで天国のようだった。馬車の窓から見える景色は新鮮でいつまでも見飽きることがなく、宿や公爵の知人の住居に泊まるときはたっぷりと湯を使って体を洗い、心ゆくまで眠ることができた。食べるものはどれも美味しく、長年の粗食を通り越した粗食のせいで胃が縮んであまり食べられないことが心底悔しかった。七年ぶりに甘味を口にした時は胸がいっぱいで一口しか食べられず、頼み込んで残りを持たせてもらい、馬車の中で時間をかけてゆっくりと食べたくらいだ。ナイジェルは車内で必要以上のことを喋らず、ずっと本を読んでいたので、セレスティナの方も必要以上に緊張せずに済んだ。彼はセレスティナを助けてくれたが、「人嫌い公爵」の名に違わず、慣れ合うことは望んでいないという意思表示に見えた。
セレスティナは使用人ではなかったのでとうぜん給金は貰えず、家族扱いもされなかったのでそうした恩恵もいっさい受けていない。この七年はひたすら誰からも虐げられ続ける日々だった。
(私はここに侍女として呼ばれたけれど……私に務まるかどうか。どうかここの人たちが、優しく……とまではいかなくても、頻繁に暴力を振るう人たちでありませんように……)
ここまでの道中で、それまでのセレスティナでは想像すらつかないような贅沢をさせてもらったので、今後もし地獄のような日々が来るとしても帳尻が合うはずだ。先に受け取ったのだから、返さなければ。
自分に言い聞かせ、ナイジェルの後について城の玄関に足を踏み入れる。その途端、玄関ホールの左右に並んでいた使用人たちがいっせいに頭を下げた。ナイジェルは当然のような顔をしているが、セレスティナは度肝を抜かれた。
(!? 私はおまけ、よね……!? それにしても、やっぱり公爵ってとんでもないお立場だわ……!)
伯爵邸では父母がこんなふうにされていたのを見たことがない。公爵家ともなるとやはり色々と違うのだろう。そう思いつつ歩を進めるセレスティナに、誰も嫌悪の視線を向けたりはしない。それどころかこちらに歓迎の向けていることを示すようにお辞儀の時間を調整されており、何をどう考えていいか分からない。あまりにも教育が行き届いているし、あまりにも歓迎されすぎている。
玄関ホールを抜けるとナイジェルはセレスティナに言った。
「まずは君の部屋に案内する。それから母に会ってもらう。疲れているだろうし、それは明日でも構わない。とりあえず今夜きちんと休めるように部屋を整えるのが先だ」
「……私の部屋、ですか……?」




