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セレスティナは呆然とナイジェルを見返した。
「私の名前をご存知で……」
「そのくらい知っている。別に秘密でもないだろう。それよりも、答えは?」
「………………」
「同じ提案を二度はしない。君がソレム家に居続けたいなら断ればいい。この話はそこで終わりだ」
提案。命令ではなく、提案だと彼は言う。そんなことをセレスティナにしてくれる人など久しくいなかった。
(この家から、出られる……!?)
それはまったく想像すらしなかった可能性だった。生まれたときからソレム家以外のことを知らず、こんな奇異な見た目を持つ自分が曲がりなりにも生きていられたのは伯爵家の資産あってのことだと理解していた。祖母が亡くなってからはそちらに連れて行ってほしかったと思うこともあったし、家を出るというのは野垂れ死にをするという意味としてしか捉えていなかった。妹が母と楽しそうに嫁入り先の候補について話していたときも、自分には結婚など到底不可能だとしか思わなかった。死ぬまでこの家に縛られ続けて暮らすのだろうと。
(……出たい。この家を。出られるのなら……)
初対面のナイジェルの言葉を信用していいのか分からないが、ソレム家を出られるという可能性に気づいてしまえば、それを望む心を抑えることはできなかった。公爵家でひどい目に遭って殺されるのだとしても、一時でもこの家から解放されるならそれでいい。その後で祖母のもとに行けるのだから。
許された返答は一度きりだ。選んだら戻れない。セレスティナは意志を込めてナイジェルを見返した。
「ご提案を受けます。どうか私を連れて行ってください」
ナイジェルは少し意外そうに目を見開き、口元に微笑を浮かべた。
「――承知した」
頭がふわふわして、その後のことはあまりよく覚えていない。会場に戻っていくナイジェルを見送ったセレスティナは、半ば無意識にごみを片付けて再び会場近くに戻った。手巾のお礼を言い忘れていたことに気づいたし、もっといろいろと言いたいことも聞きたいこともあったのだが、こちらから声をかけることなどとても出来そうになかった。
会場の中を遠目に見ると、ひときわ目立つ人垣の中心にナイジェルが見えた。背が高いので黒髪が見えるのと、たまに人垣が崩れて姿が見える。父母も弟妹も彼に近づこうとしていたが、ほとんど相手にされていないようだった。
(あんな遠い方が私に声をかけてくださった……)
まだ現実とは思えない。ぼうっと意識を飛ばしていたセレスティナだが、使用人の怒声で我に返り、仕事に戻った。
盛大なパーティが終わり、招待客が次々と帰っていく。しかしソレム伯爵家の面々はまだパーティが続いているかのようにそわそわとしていた。なにせ、あの「人嫌い公爵」から、高い地位を持ちながらも他家とあまり関わってこなかった若く美しい公爵から、話があると言われたのだ。
「きっと私に求婚なさるのだわ!」
「ええ、それしか考えられないもの。やったわね、マリー!」
「お父様とお母様がパーティを開いてくださったおかげよ!」
はしゃぐマリーに、ルイスとイザベルも相好を崩す。ルイスは威厳を取り戻すように咳払いをした。
「これはもしかすると、フィリップにも良縁があるかもしれんな。公爵の妹君はちょうどフィリップと同じ年頃だったはずだ」
「そうだったら光栄だな。でも、本当にあるかもしれないよね。話があるから一家の全員を集めておけって言われたんだもの」
フィリップも待ちきれない様子で客間の扉をそわそわと見ている。その扉がちょうど開かれ、四人は背筋を正した。
「失礼する」
短く挨拶を述べ、ファルカンド公爵ナイジェルが部屋に入ってきた。ルイスが椅子を勧めようとしたが、ナイジェルはそれを遮り、辺りを見回して言った。
「私は一家の全員を集めておくようにと伝えたはずだが」
「ええ。ですからこちらに全員おります。妻のイザベル、娘のマリー、息子のフィリップでございます」
「…………」
「……もしかして、使用人まで含めて全員をという意味でしたか? それは少し無理があるのですが……」
「………………」
「あの……」
ナイジェルは溜息をついた。
「しらばっくれているのか本当に思い至らなかったのか知らんが、この家には娘がもう一人いるだろう」
ぴくり、とルイスの眉が動いた。イザベルとマリーとフィリップも不愉快そうに表情を少し歪めた。
「あれは……とても閣下の前にお出しできるような者ではありませんので……」
「それは私が決めることだ。連れてくるように」
「……承知いたしました」
「くれぐれも、余計なことをせず直ちに連れてくるように」
ナイジェルは念を押した。ルイスはぐっと詰まったが、その通りに使用人に伝えた。




