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それから二人がファルカンド公爵家の城に戻れるまで、目算で一か月以上がかかりそうだった。移動だけで一週間かかる上に、ナイジェルは怪我が落ち着くまで安静にする必要があるし、セレスティナは滅茶苦茶になった城館の後片付けの手配などに忙殺されているからだ。二人は瘴気にさらされていたこともあって、体力を使う移動などはせずなるべく体を休めた方がいいという医師の助言もあった。セレスティナは特にあれこれ動いているので助言通りにできていたわけではないが、そのおかげで気が紛れた面もあった。
ソレム一家のことは、呪いの犠牲者として扱って葬式を出し、墓碑を立てることにした。暴走した呪いによって傷ついたのがナイジェルだけで死者も出なかったので、大ごとにせず収めることができたのだ。もちろんナイジェルには抗議する権利があったのだが、そもそもこの一連のことがすべて彼のとりなしだった。セレスティナが心の整理をつけられるようにと配慮してくれたのだ。彼には感謝の言葉しかない。
彼に対しては、感謝すべきことがまだまだある。そもそも、
「私がいなくなったことにいつ気づいてくださったんですか? 物置のあの部屋を見つけてくださったのも……?」
伯爵邸の離れ、セレスティナがかつて祖母と住んでいたところを二人は仮初の拠点としている。そこに戻って休んでいるとき、セレスティナは尋ねてみた。
すまない、とナイジェルは肩を落とした。
「王女への対応に苦慮していて、気づくのが遅れてしまった。おそらく数時間が経っていたと思う。君が王女に呼び出された後に戻ってきていないと聞かされたときは心配でどうにかなるかと思った。知らせてくれたのは母上の侍女のネリーだ。もう一人の侍女ティルダの様子がおかしくて注視していたから異変に気付いたそうだ」
「そうですか、ネリーが……。後でお礼を言わないと」
セレスティナが伯爵邸に連れて来られてからナイジェルに見つけてもらうまで、ほぼ時間が空いていない。セレスティナはそれなりに気を遣われて馬車で移動させられていたので、馬に乗れるナイジェルはその気になれば距離を縮めることはできただろう。だが、それにしても早い。
「ティルダが手引きして、王女の手の者が君を攫ったそうだ。ティルダは解雇して、王室には厳重に抗議しておいた。私との婚約云々というのは第三王女の独断専行だったらしく、迷惑をかけて本当に申し訳ないと平身低頭で謝られたよ。埋め合わせに特権をいくつかふんだくってやったが、君は気が済まないだろう。王室に大きな貸しを作ったと思って、おいおい請求していけばいい」
(ひえええ……)
セレスティナは微笑を浮かべたまま固まった。つい数か月前まで貴族令嬢を名乗れない生活をしていた自分にとって、王室はあまりにも遠い存在だ。公爵家の身内のようなものになったのだから今さらだが、その公爵家というものにさえ気後れする。王室に貸しを作ったということが恐ろしすぎるのだが……ナイジェルがいてくれるから、きっと大丈夫だ。
「王女殿下は……既成事実を作ろうとなさったのでしょうか……」
「そうだろうな。祖父を抱き込んで母と私に圧力をかけ、公爵家でそれなりの時間を過ごしながら噂を流せば王室も降嫁を認めざるを得ない雰囲気に持っていけたかもしれんな……そこまで手をこまねいているつもりはなかったが。君を傷つけず遠くに連れて行かせたのもその時間稼ぎのためだろう。しかし、君を攫った時点ですべてはひっくり返った。私の堪忍袋の緒も切れた。王室の非を鳴らし、金と人員を出させ、君を追った。伯爵邸に着いてからは、君に渡した手巾の魔力を追った」
「手巾の魔力……!?」
「ああ。長く身に着けていたものはその者の魔力を帯びるのだそうだ。辿れる者は多くないが、さすがに王室は有能な人材を抱えていたな。その者に出向かせて、君がいる部屋を特定させた。君が該当の物を持っているかは賭けだったが」
「……なるほど……」
確かにセレスティナは、誘拐された後もずっと手巾を肌身離さず持ち歩いていた。そこに宿るナイジェルの魔力を感知されたのだ。セレスティナが彼の手巾をお守りにしていたことがばれたのもその時だったのだ。顔が勝手に熱くなる。左薬指の指輪を見ながらセレスティナは言った。
「これを頂いた今は疑っていませんが、本当に恐ろしかったのです。ナイジェル様は王女殿下を婚約者になさりたいのではないかと……」
「説明しなかったことで君を不安にさせてしまった。本当に済まない。あの場では言えなかったんだ……」
セレスティナが視線で促すと、ナイジェルは続けた。
「呪いを解く過程で君は知ったようだが、私の祖父はソレム家を憎んでいた。その家の娘を婚約者にすると聞いたらどう出るか分からなかった。祖父への伝え方を迷ううちに王女が来て、しかも祖父を味方につけてしまい、祖父がソレム家を憎んでいるのも知ってしまった。立場を持つ二人に組まれてしまい、君に危害が及びかねないと案じて、君には我慢を強いてしまったんだ。安全を考えてのこととはいえ、本当に済まなかった……」
「そうだったのですね……。お心遣いには感謝しますが、できれば教えていただきたかったです」
「君がそう求めるのは当然だ。伝えられなかったのは私が君に嫌われるのを恐れたから……私の惰弱のせいだ。祖父の憎しみを話せば、その原因も説明しなければならなくなる。君を苦しめた呪いはファルカンド公爵家のせいでもあるのだと言ったら、君は私を嫌うのではないか。君を連れ帰った理由が贖罪意識のためだと言ったら、君は私の好意を疑うのではないか。そう思ったのだ」
「……嫌いはしません。でも、疑いはしました。私に親切にして婚約者にまでしてくださったのは、罪の意識のためではないかと……」
「まさか! 自慢ではないが私は『人嫌い公爵』だ。罪の意識や責任を感じて示すなら、充分な金銭と待遇を用意する。それで終わりだ。間違っても婚約者になどしたりはしない」
セレスティナはぽかんとした。あまりにもあまりな答えだが、確かにセレスティナも最初はそのように遇されていた。オリヴィアの侍女という立場を貰って、金銭的な援助も受けて、彼の贖罪はそこまでだったのだ。
「嫌われることをお互いが恐れていて……きっと私たちは、言葉が足りなかったのですね」
「そうだな。それを思い知った。だからこれからは、たくさん話そう。君のことを知りたいし、私のことを聞いてほしい。どうだろうか」
「私もそうしたいです、ナイジェル様」
セレスティナはナイジェルの指に指を絡めた。ナイジェルもそっと手を握り返してくれる。
涼しい風の吹き抜ける晩夏の夕空が暮れていき、一番星が瞬き、下弦の月が昇り始める頃まで、二人はずっと語り続けていた。




