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「武器や火薬などはありませんが、水ならあります! ナイジェル様の魔術で凍らせていただければ、足止めになりませんか!?」
「なりうる! 完全な足止めにはならないが、動きを鈍らせることはできる。他の者と連携する時は火器を使うから氷は考慮しなかったが、この状況なら有効だ。どこかに水場があるのか?」
「地下水を通す管があるのです。あの古い噴水の真ん中、像の根元を壊してください!」
セレスティナが指さした箇所に、ナイジェルは氷柱のようなものを突き立てた。先ほどの爆発で罅が入っていたのだろう、像は根本から倒れ、そこから水が勢いよく噴き出した。
(庭を維持するための水がぜんぶ通っている太い管だから、水量はかなりあるはず! 庭掃除を押し付けられた時の記憶が役に立ったわ……!)
セレスティナは拳を握りしめた。大量の水はナイジェルの魔術の助けになるはずだ。水は辺りに広がり、ぬかるみを作り始めた。
だが、魔物たちもおとなしく水をかぶっているわけではない。水を避けるように動いた。セレスティナはそれを見て心を決めた。
「私が囮になります。あの呪いは私を狙っていますから、私があちらに逃げて魔物を誘導します」
「無茶な……!」
「そもそも、ナイジェル様お一人に戦っていただくのが申し訳ないと思っていたのです。私にできることをやらせてください!」
ナイジェルはぐっと詰まった。だが、他に方法がないことを認めたのだろう。深く息をついて認めた。
「……すまない。私が不甲斐ないばかりに……」
「大きい魔物と、しかも私の元家族の呪いと戦ってくださいとお願いしているのはこちらです。私も危険を背負わなければ」
なおも心配そうにするナイジェルに、セレスティナは左手を掲げて笑いかけた。
「大丈夫です。勇気を頂けましたから」
「……!」
ナイジェルは思わずといったようにセレスティナを抱きしめた。セレスティナも抱きしめ返し、噴水に向かって駆け出した。足元が悪い中を、必死に走る。逃げるセレスティナを追うように、魔物たちもぬかるみの中に入ってきた。噴き上げる水の飛沫を浴びながら、さらに走る。
セレスティナが噴水の縁に上るやいなや、冷気が地表を撫でるように押し寄せた。見下ろすと、ナイジェルが広範囲に氷の魔術を放ったところだった。氷が形成されていく音がする。ぬかるみが凍り付き、魔物たちが戸惑ったように足元の動きを止めた。瘴気は不定形だが、氷によって分断されたそれぞれが引き寄せ合っているので動きが阻害されているのだ。苛立ったように上半身を仰け反らせたりしているが、セレスティナの方に近づいてこれないでいる。
その隙を、ナイジェルが突いた。あらかじめ形成しておいたらしい氷の槍を次々と投げて牽制し、大剣を構えて切りかかった。魔物たちは為す術もなく倒されていく。氷の上はナイジェルのための舞台のようだった。飛沫が凍ってきらめき、彼が通り過ぎたあとに瘴気と混ざって散る。呪いに再集合させる時間を与えず、ナイジェルはたちまち二体を倒した。
そして残りの一体を相手取ろうとしたとき、集まりかけていた瘴気が彼の視界を遮った。魔物の腕が伸び、ナイジェルが剣を持つ腕を傷つけた。
悲鳴を上げたのはセレスティナの方だった。ナイジェルはむしろ冷静で、剣をあっさりと手放した。利き手が使えなくなっても彼の魔術は健在だ。ぬかるみから氷を生成し、魔物を下から串刺しにした。多量の魔力を使う荒業だが、そのおかげで最後の一体が倒れた。同時にナイジェルも地面に頽れる。
「ナイジェル様!」
セレスティナは彼に駆け寄った。腕の傷を検めると、かなり深いうえに濃い靄が立ち昇っている。呪いの残滓だ。
「解呪します」
宣言すると、ナイジェルは浅く頷いた。息が荒く、体が熱を持っている。セレスティナは懸命に解呪の魔術をかけ続けた。意識が呪いの方に引きずられそうになるが、つとめて抑え込む。これが呪いの最後の残滓、これを片づければセレスティナを苦しめた呪いが消滅する。
やがてその時が訪れた。するりと解けるように、呪いが消えた。セレスティナは安堵で倒れそうになったが、なんとか体勢を立て直し、ナイジェルの腕を止血した。縛ることしかできなかったが、それでいいとナイジェルは頷いた。彼の顔色も元通りに近くなっている。
「…………素晴らしい!」
気の抜けるような拍手の音がした。そういえばすっかり忘れていたが、バルタザールがいたのだった。
「見事だ。私の手掛けた呪いが消されてしまったが、面白いものが見られた!」
非常に楽しそうだ。セレスティナは彼に胡乱な顔を向けた。
「これで終わりだと思っていいのよね?」
「そうとも。オリヴィアの痣から始まった呪いは解かれ、世界のどこにも形は残っていない」
ただし、とバルタザールは付け加えた。
「人に心がある限り、瘴気はいくらでも生まれる。それが変化して呪いにもなりうる。今回はうまくやったが、次はどうかな?」
「そんなこと、分からないわ」
苦笑し、セレスティナは気負わずに答えた。
「呪いができたら解呪するだけ。成功も失敗もあるでしょうけれど、進んでいくだけ。そうするしかないのだもの」
だが、悲観的にも聞こえる言葉の印象に反してセレスティナの表情は明るかった。解呪師としてナイジェルに協力し、一つの大きな経験を積んだからだ。自分を苦しめていた呪いと対峙し、曲がりなりにも解呪した。そのことが自信になって現れている。
バルタザールは満足そうな表情になった。
「お前たちにはずいぶんと楽しませてもらった。時に、娘よ」
「?」
「呪いをその身に引き受ける稀有な魔力を持つ娘よ。お前の魔力は私と同質のものだ。もしもお前がこの呪いの扱いを間違え、呪いに呑み込まれていたら……私のようになっていたやもしれぬな」
「!? それは、どういう……、……!?」
意味深な言葉だけを残し、バルタザールの姿は忽然と掻き消えた。
後には呆然とする二人だけが取り残された。




