40
倒された魔物が、形を失って瘴気に戻っていく。普通であれば霧散してしまうはずのそれが、なんと他の三体の魔物に纏わりついた。そして残りの三体がさらに大きくなる。
「……何が起こっているんだ……!?」
ナイジェルは愕然とした声を上げた。魔物討伐の経験が少ないセレスティナでも分かる。何か異常なことが起こっている。
「あれらは魔物であると同時に、人の呪いでもあるからだ。その挙動は自ずから異なる」
バルタザールの説明に、セレスティナは思い出した。オリヴィアと自分の呪いを解呪するとき、両方を一度に行うようにとカレドは教えた。呪いが繋がっていたからだ。
「それって、もしかして……三体をまとめて倒さなければいけないということ……!?」
「そうなるな」
「何だと……!?」
セレスティナは呆然として魔物を見上げた。ナイジェルも険しい表情をしている。
(一体ずつ倒せば、残りが余計に強力になってしまう。でも、三体を一気に相手取るのは難しい……どうすればいいの……!?)
だが、悠長に悩んでいる時間などなかった。力を増した三体の魔物が、再びこちらへ近づいてこようとしている。
(もしかして、私を狙っている……!?)
オリヴィアの魔物討伐に同行した時は、そんなふうに感じなかった。魔物は近づいた者を攻撃するだけで、逃げた特定の者を執拗に追いかけたりはしなかった。そのことも、目の前の魔物は異なる。
「……そんなに、私が憎いの……?」
ぽつりとセレスティナは呟いた。魔物たちにはもう人間の意識など残っていないだろうし、呪いが依り付く先としてセレスティナを狙うのは自然なのだろうが、やりきれない思いが口から零れる。それを聞いたナイジェルが言った。
「難しいだろうが、気を強く保て。瘴気を跳ね返すつもりでいるんだ」
分かっている。理解はしている。だが、ソレム家の人たちは執拗に繰り返してセレスティナを責め苛んだ。お前が悪い、お前のせいだ、お前、お前、お前……。繰り返される言葉に刷り込まれるように、悪いのは自分ではないかと考えそうになってしまう。彼らをそこまでさせる理由が自分にあるのではないかと。
表情を暗くするセレスティナに、ナイジェルは駆け寄って左手首を掴んだ。何事かと思っているうちに、薬指に指輪が嵌められた。目を見開くセレスティナの前で、ナイジェルは自分の左薬指にも揃いの意匠の指輪を嵌めた。
呆然としたまま、自分の左手を上げて眺める。それは繊細な細工が施された、美しい指輪だった。ファルカンド公爵家に代々受け継がれてきたものだろうことが察せられる。
「お守りだ」
物言いたげな表情になったセレスティナに、ナイジェルはそれだけを言った。
「いらないなら返せ。だが、私の手巾を大切に持ってくれている君なら受け取ってくれると思っている。どうだ?」
「…………!」
セレスティナは顔を赤くした。ナイジェルに貰った手巾を肌身離さず持ち歩いていることを、どうして彼は知っているのだろう。指輪を嵌めてもらった手をぎゅっと握りしめる。それを見たナイジェルが表情を緩めた。
「それは私と家族になるという約束のしるしだ。家族のことを考えるなら、私にしておけ」
それはこの状況において、セレスティナに対する的確すぎる殺し文句だった。暗く染まりかけていた心が、光を当てられたかのように浮上する。王女フェリシアではなく、セレスティナを。ナイジェルの気持ちの在処を示す、目に見える形だった。
「ありがとうございます、ナイジェル様。……一生、大切にします」
それがセレスティナの返答だ。ナイジェルは見惚れてしまいそうなほど美しい笑みを浮かべた。
「その言葉を聞けただけで頑張れそうな気がする。何としても、生きて戻るぞ」
「私も、決着をつけてお城に帰りたいと思います」
セレスティナも力を込めた。魔物を見据えて考える。
「ナイジェル様、今の三体を同時に相手にするのと、巨大な一体を相手にするのとではどちらが倒しやすそうでしょうか?」
「難しいな。同時に倒さなければならない以上、一体にまとめてしまうのがやりやすそうではあるが……どのくらい大きくなるか想像がつかないのが恐ろしい」
確かに、ナイジェルに倒された一体を吸収した残りの三体は一回りどころではなく大きくなった。その二体目を倒し、さらに大きく強力になるだろう三体目を倒すとなるとどこかで無理が出てしまいそうだ。
「何か、もっと武器はないだろうか? 伯爵邸には武器庫などないか……」
ファルカンド公爵家は魔物討伐のための私設の騎士団を抱えているが、それは一部の大貴族だけだ。ソレム伯爵家は解呪師の家系ということもあり、自分たちで討伐する機会がない。古い武具が不用品として物置に押し込まれていたのがその証拠だ。
(武器……何か、戦いの助けになるもの……)
セレスティナは閃いた。




