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 セレスティナの心をこじ開けるように、バルタザールは囁く。

「公爵から説明されていないのであろう? なぜ自分を城に連れてきたのか、なぜ自分が正式な婚約者だと祖父に言ってくれないのか。説明されないのは、聞かせられる理由がないからなのやもしれぬな……?」

 セレスティナは嫌々をするように首を横に振った。説明してくれないことへの不信感を、心のなかに潜む疑念を、バルタザールは呼び起こす。

「公爵だってそんなものだ。しょせん他人は他人。家族のもとに戻ってはどうだ? お前は解呪の能力が花開いたうえに美しくなった。呪いを解き、感謝され、家族として迎え入れてもらいたいと思わぬか……?」

 ありえない、と心が叫ぶ。もしかしたら、とも心が抵抗する。疑いと望みとそれよりももっと強い感情で心がぐちゃぐちゃだ。あの黒い塊がしのびよってくる気配を感じる。

「ナイジェル様……!」

「セレスティナ!」

 たまらずに叫んだセレスティナの声に、今度こそ応える声があった。物置の戸が破られる勢いで開き、息を切らしたナイジェルが駆け込んでくる。腕を伸ばしかけてセレスティナは躊躇ったが、ナイジェルはお構いなしにセレスティナをそのまま強く抱きしめた。震えが、心底から心配されていたことが、伝わってくる。たまらなくなってセレスティナは彼を抱きしめ返した。心がふわりと温かくなり、あの黒い気配が引いていく。

 ナイジェルはバルタザールに剣呑な目を向けた。

「彼女に何をしたんだ?」

「真実を教えただけだ。お前が彼女に説明しなかったことなどを」

 ナイジェルの怒気などまるで感じていないように、バルタザールは淡々と答えた。背が高く鍛えられた体格のナイジェルが殴ればたやすく折れてしまいそうな細身の体だが、まるで臆する様子がない。余裕さえ感じさせる表情で、こちらを観察するように眺めている。

 彼の言葉にナイジェルが身を硬くした。セレスティナの心にまた疑念が湧き起こる。セレスティナはそれから目を背けることをせず、ナイジェルに問いかけた。

「ナイジェル様。後ですべてを説明してくださいますか?」

「説明しよう。約束する」

「……お願いします」

 ナイジェルに頷いてそっと押し返し、セレスティナはバルタザールに顔を向けた。ナイジェルを盲目的に信じることはしないが、バルタザールを信じるか否かということはまた別の話だ。

「たしかにあなたは真実を教えてくれたわ。嘘をついてもいない。でも、誘導しようとしたのでしょう? ナイジェル様への不信感をあおって、家族に心を向けさせようとしたわ……」

 話しながら、セレスティナは重要なことに気づいた。

「私はここに連れて来られて、家族からは『なんとかしろ』とか『治せ』と言われた。あなたからも呪いを解くように促された。でも、私は自分にそれができるとは思えない……」

 家族の呪いを解くということは、オリヴィアとセレスティナの呪いを繋げていたあの大元の黒いかたまりに対処するということのはずだ。切り離すだけでも重労働だったのに、あれに太刀打ちできるとはとても思えない。バルタザールの話も考え合わせると、あれは呪いであり、心の闇でもある。肥大化したそれに対抗できるほどの力など持ち合わせていない。

 それなのに、それをするようにと促された。

「……私に、失敗させようとした? 呪いに呑み込ませようとした……? 家族の呪いを解けとは言われたけど……家族の呪いが解ければ、その呪いが私に移ったままでもいいということなのではないの……?」

「……なんだと……!?」

「その通りだ。素晴らしい」

 警戒するセレスティナとナイジェルの様子などまるで気にしない様子で、バルタザールは呑気に拍手をしてみせた。

「私はルイスの心の望みを言葉にしてみせた。お前たちの呪いを、彼女に引き受けさせたくはないか、と。その通りだと彼は私に縋り付き、報酬を支払った。彼の望みは自分たちの呪いがただ解かれることではなく、お前に呪いのすべてを押し付けることだったのだ」

「………………!」

「なんと醜悪な…………!」

 自分で言い当てたことだが、セレスティナは絶句した。ナイジェルは唸り、怒りで拳を震わせた。

(……駄目だわ。彼らとは絶対に、分かり合えない……)

 血が繋がっているから、家族だから、かならず理解し合えるはずだなんて幻想だ。何度となく思い知らされてきた冷酷な現実が目の前に現れる。だが、それを直視することを、もう恐れない。

「私は彼らの言いなりにはならない。あなたの思う通りにもさせない」

 セレスティナは強く相手を見据え、静かに宣言した。敵対宣言のつもりだったが、バルタザールはその言葉を聞いても態度を変えなかった。

「面白い。それも良いのではないか?」

「……?」

 かえってセレスティナの方が拍子抜けしてしまう。無理やり言うことを聞かせられるのではないか、どうやって抵抗できるだろうか、などと考えて身構えていたのに。そんなセレスティナにバルタザールは肩をすくめた。

「伯爵は吝嗇でな。受け取った報酬ではこれ以上の働きが割に合わぬ。伯爵家の今後は暗く、将来的な支払いも期待できぬ」

「「………………」」

 その場に、何とも言えない沈黙が降りた。

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