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「あなたは私の味方でも敵でもないのね。理解したわ」
「理解が早くて助かる。期待するのは勝手だが、裏切られたと後から喚かれても困るからな。それにお前は、呪いを解いてくれと私に求めたり、なぜ呪ったのだと私を詰ったりしないのだな。そこも好感が持てる」
「そんなことをしても無駄でしょう。分かるわ」
「本当に、理解が早い」
バルタザールは楽しそうだ。彼の精神構造は理解できないが、ある意味で筋が通っているせいか反応が予測できてしまう。
「お礼を言われるのは好まないでしょうけれど、それでも言うわ。教えてくれてありがとう」
「どういたしまして。その礼は悪くないな。こちらに媚びてさらに情報を引き出そうとする礼なら回れ右して帰るところだが、今の礼は礼儀としてのものだ。受け取っておこう」
「……それはどうも」
バルタザールに媚びるのは自殺行為だろうとセレスティナは思った。こちらがうまく使ってやろうとすると牙を剥く、そういう取扱要注意の危険物だ。できれば関わらないのが一番いい。
(帰ってくれと言っても帰ってくれないでしょうけれど。それにしても……そもそも、どうして来たの……?)
はたと、セレスティナはその疑問に行き当たった。
「……それで、私に何の用なの? 呪いのことを説明しに来てくれただけとは思えないし、助けようとしてくれるわけでもないでしょう」
「話も早いな。その通りだ。私はソレム家の者から、この呪いをお前に引き受けさせろという依頼を受けた」
「…………!」
セレスティナは身構えた。バルタザールは妖しく微笑み、セレスティナの心の奥底に語り掛けるように言った。
「さあ、どうだった? 私の話について何を考えた? お前は先ほどから、外側の……私についての話しかしていない。話の内容を深く考えるのを後回しにしたな? それを今、行ってみてはどうだ? 内側の話をしようではないか」
バルタザールの声が、心に分け入ってくる。触れまいとしていたものを一つひとつ指差し、そこにあるぞと囁いてくる。
「そも、原因は誰に帰すのか? 呪いを依頼したハロルドか? 解呪を失敗したルイスか? はたまた傷を負ったオリヴィアか? ソレム伯爵家が先か、それともファルカンド公爵家が先か……」
歌うようにバルタザールは言葉を連ねる。
「生まれてすらいなかった赤子に罪があろうはずもない。それなのにファルカンド公爵家もソレム伯爵家も、何も知らぬ赤子にすべてを負わせ、それに気づくことすらせずのうのうと暮らしていたのだ。……そう、そのことに最初に気づいたのは、公爵家の若き当主であったな」
「…………!」
「ハロルドは娘が幸せな結婚をして息子を儲け、その子が健やかに育っていることが心底から嬉しかったのであろうな。ソレム伯爵家を許すとまではいかずとも、怒りに我を忘れることなく幼い孫に話せるくらいには心が落ち着いたのだ。とはいえ両家のことをを平等に扱って語れるわけもない。祖父の語ったソレム家の仕打ちに少年は衝撃を受け、後に「人嫌い公爵」と呼ばれる人格形成の元となった。高位貴族ゆえ自分を取り巻く人々の思惑がとりわけおどろおどろしく見えたせいもあるやもしれぬな」
「…………!?」
「やがて少年は青年となり、公爵の位を継いだ。そしてソレム伯爵家の跡取り息子が成人すると聞き、ふと思い出すのだ。ソレム伯爵家の名前は聞くが、呪いの痣に悩まされているという話は聞かないと。母の痣はいまだに消えないのに、自分たちだけは呪いを解呪して幸せに暮らしているのかと。様子を確かめるためパーティに参加した公爵は、伯爵家の第一子が表舞台にまったく出てきていないことに、そこでようやく気づくのだ……」
「やめて…………!」
セレスティナは耳をふさいで悲鳴を上げた。この後の話を聞きたくない。もちろんバルタザールはお構いなしだ。楽しげに続けた。
「美しい伯爵一家の、しかし長子だけは醜かった。真っ白な髪に痣だらけの肌、しかも虐げられて栄養状態も悪い。そんな娘を見て、まさかという思いが湧いたのだ。当時は生まれてもいなかったはずの娘に呪いのすべてが降りかかっている可能性をようやく知ったのだ。青年は娘を保護し、公爵家の城に連れ帰った。娘に何も説明することなく……」
「分かっていたわ、何か理由があることくらい! 私を連れて行ってくださったのはなぜなのか、ずっと考えていたんだもの……!」
なぜ、なぜ、なぜ。ナイジェルはセレスティナを初めて見たとき、「なぜだ」と呟いた。あれは「なぜソレム家にこんな醜い娘がいるのか」ではなく「なぜ呪いがこの娘ひとりにかかっているのか」だったのだ。ナイジェルは初めから知っていたのだ。
なぜ「人嫌い公爵」が、面識もない自分のような娘を拾ったのか。博愛精神ではない、一目惚れは絶対にありえない……何かの「義理堅い」理由があっただろうことは分かっていた。
(それは……罪の意識だわ。罪滅ぼしのために、ナイジェル様は私を連れ出してくださったんだわ……)
その義理堅さは、彼の行動のどこまでを説明するのだろう。セレスティナに親切にしてくれたのも、好意を伝えてくれたのも、もしかするとそういう理由だったのだろうか。自分は一人で舞い上がっていただけで、彼の本心は王女にあったのだろうか。
つうっと、セレスティナの頬を涙が伝った。




