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 セレスティナの推測は当たった。馬車はソレム伯爵領に入り、そして伯爵邸に到着した。

 馬車が外から開かれたが、セレスティナはしばらく座席から動くことができなかった。

(……これは、瘴気……!? いったいどういうことなの……!?)

 伯爵邸が黒い靄に薄く包まれている。魔物討伐に同行したセレスティナにははっきり分かった。これは、瘴気だ。まだ魔物が発生するほどの濃度ではなさそうだが、まぎれもなく有害なものだ。

 セレスティナを連れてきた男性たちも戸惑った様子で、どうすべきかを話し合っている。しかし当初の予定をそのまま遂行することに決めたらしい。馬車の中で固まったままのセレスティナを強引に抱き下ろそうとしたので、その手を振り払って自分の足で降りた。足ががくがくと震えている。すぐにでも逃げ出してしまいたい。

 手すりを掴んで体を支えようとしたセレスティナだが、いきなり殴り飛ばされて地面に転がった。監視役の男性たちは唖然としているが、セレスティナを助けてくれる様子はない。

 それもそのはず、セレスティナを殴り飛ばしたのは父親のルイスだった。彼らはルイスのところにセレスティナを連れて行くという任を請け負っていたのだ。

 倒れ込んだままのセレスティナにルイスが怒声を飛ばした。

「一人だけいいものを着て、いい暮らしをしやがって! このありさまを見て胸は痛まないのか!? 家族はもうぼろぼろだ! 使用人たちは逃げてしまった! 早くなんとかしろ!」

 狂乱して叫ぶルイスに、もう元の面影はなかった。取り繕うのを諦めた顔は痣に覆い尽くされ、髪は振り乱されて化け物のようだった。着ている服は質だけは良いものの手入れが不充分で異臭を放っている。

「あれが来たの!?」

 甲高い声で叫び、邸宅から走り出てきたのは母親のイザベルだった。美貌を誇った頃の面影などまったく残っていない。ひたすら化粧を塗り重ねて痣を隠していたが、あまりの異様な容貌にセレスティナは悲鳴を上げるところだった。とても人間とは思えない顔になっていたのだ。

「早く! 早く治しなさい! この呪わしい痣を一刻も早くどこかへやって!」

 喚きながらセレスティナを蹴る。体力がついた今のセレスティナであればやり返すことができるのだが、今は瘴気のせいで体が重くてたまらない。油断すれば気を失ってしまいそうな苦しみの中で、蹴りの痛みをひたすら耐えていた。

「私たちの美しさを返して! 家族を返して! ファルカンド公爵家に行くのは私よ!」

 そう叫び、手に持っていたものを力いっぱい投げつけてきたのは妹のマリーだ。かつてのセレスティナよりもひどい姿になった彼女は憎しみの籠った目でセレスティナを睨み、辺りのものを手当たり次第にセレスティナにぶつけた。祖母の口紅を投げつけられたときの痛みの記憶が蘇ってくる。あの時とは状況がこんなにも変わったが、ものを投げつけてセレスティナをいたぶる彼女の癖だけはそのままだ。

「……許さない。一人だけ、そんな姿で……許さない」

 ぶつぶつと呟きながらセレスティナに暗い目を向けたのは、弟のフィリップだ。無邪気な残酷さはそのままに、三人に痛めつけられるセレスティナを眺めて笑みを浮かべている。殴られ、蹴られ、ものを投げつけられて悲鳴を上げるセレスティナが息を吸おうとしているところを見計らってフィリップは地面を蹴った。土埃が舞い、セレスティナは激しく咳き込んだ。

 体が重い。押し寄せる悪意が痛い。うまく体を動かせない。

(これが……ティルダと王女殿下の望んだことなの……? ソレムの人たちに私を責め殺させることが……?)

 屈強な男性たちに誘拐されたときは尊厳を奪われることを恐れたが、もしかしてそうなっていた方がましだったなどということがあるのだろうか。瘴気が漂う実家で拷問まがいの暴行を受け、セレスティナの意識が朦朧としてきた。

(この人たちのことを家族だなんて、もう絶対に思わない……。私はやり返すことなんて考えなかったのに、この人たちの悪意はどこまで私を追いかけてくるの……?)

 公爵家に助けられ、遠く離れてさえ、こうやって戻ってきてしまった。自分はここで死ぬのが運命なのだろうか。瘴気の中で、そんな悲観的な考えすら浮かんできてしまう。

「……ナイジェル様……」

 思わず小さく呟くと、その言葉をマリーが拾った。

「このっ……!」

 激高した彼女はセレスティナの頭にがつんと重いものをぶつけた。

 そこでまた、セレスティナの意識は途切れた。

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