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「ふふ、ごめんなさい。いきなり色々と言われると混乱してしまうわよね。でも、私としてはそんな疑惑のある家の方にナイジェル様をお渡しするわけにはいかないの。ファルカンド公爵家はハーダル王国にとっても大きな存在ですからね。分かっていただけるかしら」
「………………」
「……困ったわね。少し考える時間が必要かしら? ……彼女を連れて行ってくださる?」
フェリシアは少し首を傾けて声をかけた。柱の陰からティルダが進み出てくる。王女ともなると一人でいるように見えても、常に誰かしらが控えているものなのだろう。別の柱の陰には護衛などもいそうだ。何も言えずにいるセレスティナをティルダは促した。
かろうじて辞去の言葉を述べ、セレスティナは礼をした。
フェリシアは美しく微笑んでいた。
それからどこをどう歩いたのか、セレスティナには記憶がない。心ここにあらずのまま、ティルダに案内されるまま黙々と歩を進める。何かがおかしいと気づいたのは、ひとけのない廊下で屈強な男性たちにずらりと取り囲まれた後だった。
「ティルダ!? これは一体……!?」
ごめんなさい、とティルダは小さく呟いた。
そこでセレスティナの意識は途切れた。
次に気づいたときは、馬車の中だった。手足は拘束されていないが、馬車がかなりの速度で走っているために飛び降りることは現実的ではなさそうだ。試しに扉を動かそうとしてみたもののまったく動かず、窓も換気程度にしか開いてくれない。逃げ出すことは不可能だった。
たまに休憩のために馬車が止まり、時間になれば食事が出た。しかしセレスティナは常に複数人に監視されていた。顔を隠しているが、屈強な体格から推測するに男性ばかりのようだ。何を聞いても言葉を返してくれず、かろうじて頷くか首を横に振るかといった動作でしか意図を伝えてこない。仲間内で話しているらしい声は漏れ聞こえるので、話せなかったり聞こえなかったりするわけではなく、セレスティナに対してそのように振舞っているだけのようだった。
馬車の中に寝床を作ってくれるし、日に一回は清潔を保つための湯と布をくれたので、最低限だが健康を保たせるつもりはあるらしい。
そうは言っても、これは明らかに誘拐だった。少なくとも王女とティルダはこれに関わっている。
ぬるま湯に浸かりすぎたのだ、とセレスティナは自嘲した。ソレム伯爵邸で暮らしていたときは人の悪意を敏感に感じ取り、先回りして考えることで身を守っていたのに、いつの間にかこんなにも人の好意に慣らされて呑気に構えるようになってしまったのだ。もちろん好意を向けてくれた人は悪くない。セレスティナがそれに甘んじて警戒を怠ってしまっていたというだけだ。
(ティルダ……)
彼女とは、とうとう和解できなかった。同じ相手を好きになってしまった以上、分かり合えないのは仕方ない。そういった状況であっても仲良くなれる人どうしもいるだろうが、自分たちはそうではなかった。そのことは残念だが割り切っている。
(それでも、これは犯罪だわ。許すことはできない……)
虐げられ続けてきた頃のセレスティナであれば、自分をいかにひどく扱ってくる者であっても、許せないと思うようなことはなかった。自分を大切にしていなかったし、感情が擦り切れていたからだ。しかし体調面でも精神面でも回復して成長さえしたセレスティナは、自分を大切にすることを知っている。自分を蔑ろにすることは、自分を大切にしてくれた人をも貶める行為なのだと知っている。だから屈することはできない。ティルダや王女の悪意にも、この状況にも。
男たちはセレスティナが逃げないように厳しく監視していたが、乱暴をすることはなかった。正直なところ、それがいちばん恐ろしかったので助かった。痣だらけの時ならともかく、城で磨かれたセレスティナは、盛装してパーティに出ても目を背けられない程度には見られる姿をしている。美人と形容してもらえることもあるくらいだ。もっともその評価に関しては、いまだに自分を客観視することができていない。
乱暴されることはなく、命の危険もない。暴れて抵抗したらかえって厄介なことになるかもしれないと思うと下手に動くことも躊躇われた。セレスティナはなるべく大人しく振舞いつつ、休憩のたびに注意深く辺りの風景を観察した。そして気づいた。
(この馬車……ソレム伯爵領に向かっているのでは……!?)




