30
魔物討伐から戻ったセレスティナたちを待っていたのは、思いがけない事態だった。先々代の公爵……ナイジェルにとっては祖父、オリヴィアにとっては父にあたるハロルドが別邸から戻ってくるというのだ。ろくに出迎えの準備もできないまま、オリヴィアたちが戻ってすぐ、ハロルドも城に到着した。
「おお、オリヴィア! 久しいな、息災であったか? おお、本当にあの呪わしい痣が治っておる! 本当によかった……!」
厳めしい顔立ちを和らげ、ハロルドは一人娘を抱擁した。オリヴィアも抱擁を返した。
「お久しぶりです、父上。痣もしっかり治りましたの。お体の具合はもうよろしいのですか?」
「うむ、まあ大体な。この年になるとすっきり治りきるということがなくていかん。だが、そうも言っていられんのでな、老体に鞭打って帰ってきたのだ。お前の痣が治ったこともそうだが、ナイジェルの婚約が決まったそうだな」
(え……?)
親子の再会の様子を見守っていたセレスティナは内心で首を傾げた。ナイジェルとセレスティナの婚約については、しばらくは内々にとどめて伏せておくとオリヴィアから聞いていたからだ。ハロルドは身内ではあるが、オリヴィア曰く「頭が固いから、ちょっとどう出るか分からないの。普通なら伯爵令嬢は充分な身分だけど、以前は第三王女殿下からもお話を頂いたしね。これに関しては様子を見ながら伝えていくつもり」ということだったからだ。それにナイジェルも同意していた。誰からも話は伝わっていないはずだ。
「お爺様? いったい誰からその話を聞かれたのですか?」
ナイジェルも戸惑った様子だ。ハロルドは上機嫌に答えた。
「ご本人からだよ。皆、早く支度をしなさい。第三王女殿下がいらっしゃっている」
手を打ち鳴らして使用人たちに命じるハロルドの後ろから、第三王女フェリシアが顔を覗かせた。その様子に、使用人たちは深く礼をし、慌てて持ち場に散っていく。
「いや、本当にめでたい。王女殿下が降嫁してくださるとは」
「こちらこそ嬉しいですわ」
ハロルドとフェリシアは和やかに談笑している。オリヴィアとナイジェル、そしてもちろんセレスティナは硬い表情だ。
(いったい……どういうこと……!?)
ナイジェルがセレスティナに小さく言った。
「……すまないが、この場は合わせてほしい。誤解は必ず解くから」
分かりました、とセレスティナは浅く頷いた。この場でセレスティナにできることは何もない。ナイジェルとオリヴィアに任せるしかない。
二人がハロルドとフェリシアを誘って城の中へ戻っていくのを、遠くからとぼとぼとついていく。少し距離があったが、ハロルドの大声が聞こえてきた。
「娘の顔の痣も治ったし、孫は王女殿下を娶るし、本当に善いことばかりだ! ざまを見ろ、ソレムの一族め!」
(…………!? どういうこと…………!?)
セレスティナは立ちすくんだ。四人の姿が遠くなっていく。ふとフェリシアが振り返り、こちらを振り返って笑った気がした。
セレスティナはしばらく、ハロルドの近くに寄らないように、部屋からもなるべく出ないようにと言い渡された。オリヴィアの真意を疑うわけではないが、説明もされずに事実上の軟禁状態ともなると気が滅入ってくる。
そんなセレスティナの部屋を訪ねてくれたのは意外な人物だった。カレドだ。アンが用意してくれたお茶を飲みながら彼は言った。
「話は聞きました。疑う気持ちも分かるし心細いでしょうけれど、ナイジェルのことを信じていてやってほしいのです。あいつはあれで色々と抱え込んでいるのです」
カレドはすっかりナイジェルと仲良くなったらしい。いつの間にか呼び捨てにしている。セレスティナに呪術の基礎を教えたところでカレドの役目はいったん終わったのだが、カレド曰く、帰るのは「見届けてから」にするつもりだということだ。セレスティナが協力している研究も成果が上々で、ファルカンド公爵家から潤沢な資金提供も受けているということなので居心地の良さだけで残っているようにも見えるのだが、セレスティナとしては解呪師が近くにいていつでも相談をすることができる現状がありがたいので突っ込むことはしない。
そんな彼から思わぬ訪問を受けたので、セレスティナは思い出していた。
(そういえばカレド様は、ナイジェル様から何か聞かされていたみたいだったわ。口止めされていたし、完全に謎が解けたと仰っていたし。……色々と知っていそうな人からもこんなふうに言ってもらっているのだから、落ち込むのはまだ早いわね)
そう考えて、気を取り直す。そしてセレスティナがナイジェルの抱えるものの一端を知ったのは、その次の日のことだった。




