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ソレム伯爵家で春に行われるパーティには、毎年たくさんの人々が招かれる。家格はそこまで高くないソレム伯爵家だが、お近づきになりたいと思う者は多いのだ。
ハーダル王国の貴族はみな、自分の領地に魔物が発生する可能性を常に警戒している。昔は自身で退治しており、それによって人々を取りまとめ、名を挙げた者が貴族に叙せられたのだが、今では状況が異なる。他家と協力して事に当たるなど、必要な部分で他者の力を借りる場合も多くなっている。
ソレム伯爵家も、魔力は高いものの解呪の能力に特化しており、戦闘は得手ではない。領地に魔物が出たときは、婚姻関係や協力関係にある他家の力を借りる。見返りとして、怪我人への解呪を行う。呪いを帯びる傷口は、早めに処置した方が治りやすいため、ソレム家の者を近くにと求める者は引きも切らない。家格に比して上の婚姻を望んでも叶いやすい立場にある。
そんなソレム家の次女は今年で十六歳、長男は十五歳だ。ハーダル王国の成人年齢は十五なので、二人とも婚姻が可能な年になる。美貌と解呪師の能力を併せ持つ二人は注目の的で、婚約関係にある者もいないということで多くの者が我こそはと狙っていた。
十七歳になる長女セレスティナのことは、ほとんど知られていない。そういう者もいるらしい、という噂があるにはあるが、きらびやかな一家の陰に霞んでいる。ソレム家と縁続きになりたいからと一家のことを調べる者がいても、気にするのは犯罪者や浪費家がいないかなど、そういったことばかりだ。呪いを一身に引き受けたような娘がいるらしいと掴んでも、他の二人の美貌と能力に目を眩まされて見なかったことにしてしまう。そこを突けばソレム家の不興を買うのも分かり切ったことなので、セレスティナの存在を誰も気にしない。
パーティの出席者たちはもちろん、セレスティナが誰よりもひどく扱き使われて会場を整えたことも気にしない。本来なら主役になるべき誕生日の日に、誰からも顧みられず、御馳走の余りすら貰えることなく下働きをしていることにも気づかない。
暖かな春の宵、ソレム家の城館の大広間に賓客たちが次々と入ってくる。美しく整えられ、華やかなシャンデリアがきらびやかに照らす大広間に人が満ちた頃、今夜の主役の二人が笑みを浮かべて入場する。十五歳になったフィリップと、もう少しで十六歳になるマリー。弟が少し背伸びをして姉をエスコートするさまは微笑ましく、それでいて二人の美しさが際立って見えた。
二人が大広間を進み、奥にいる父母に挨拶をし、皆に挨拶を述べたところからパーティは本格的に始まった。
優雅な音楽が流れ、各地から取り寄せた食材を使った御馳走が並ぶ大広間で、人々は歓談し、踊り、友好を深める。主役の二人へのダンスの申し込みは引きも切らず、少しだけでも話をと望む人々が人垣を作る。
セレスティナはその様子を遠目に見つつ、会場で出るごみを受け取って所定の場所へ運ぼうとしていた。顔も痣だらけなので会場での仕事ができず、目立たない場所での役割を振られている。庭を移動しようとしたセレスティナは、パーティの主役の一人であるマリーがバルコニーの上からこちらを見下ろしているのに気づいた。招待客の来られない場所で化粧を直しつつ少し休憩しているのだろう。
慌てて目を伏せようとしたセレスティナの頭を、衝撃と痛みが襲った。何かを投げつけられたらしい。触れると赤いものがべたりと手に付いた。出血したかと思って心臓が凍り付く気持ちを味わったが、どうやら血ではなさそうだ。手触りと匂いからして、紅のようだ。地面に転がった小さな壺が月明りのおかげで見えたが、やはり口紅だ。衝撃で頭がふらつく。もっと勢いよく投げられていたら死んでいたかもしれない。
呆然としながらマリーの方を見上げると、彼女は「お似合いよ」と口を動かし、くすくすと笑いながら室内に戻っていった。
(なんてこと……それに口紅も、もったいない……)
土が入ってしまった口紅はもう使い物にならないだろう。捨てるしかない。地面に転がしておくわけにもいかないので拾い上げたセレスティナは凍り付いた。
(これ、おばあ様の口紅……!?)
亡き祖母の化粧道具は母が管理していたはずだ。口紅はあまり他の人が使うものでもないし長持ちもしないので形見のようになっていたが、今年のパーティをきっかけにだろうか、母から譲られたらしい。口紅だけということもないだろうから、使える道具類も併せて一式まとめて受け継いだのだろう。セレスティナはいくら望んでも祖母の形見を何も貰えなかったのに、宝飾品などを受け取っていた妹は、今年さらにいろいろな物を受け継いだのだ。
汚れてしまった口紅を手に、セレスティナは呆然とした。祖母にかわいがってもらった思い出をも台無しにされた気持ちだ。セレスティナがいくら望んでも得られかったものを、マリーはこちらを貶めるためだけに投げつけた。口紅と一緒に心も汚れてしまったような気がした。
セレスティナは口紅を懐にしまい、半ば無意識にごみを引きずって歩き出した。華やかなパーティ会場にいる妹や弟、父母から離れる方へ、重い足を引きずっていく。
しかし、足が進まない。心と一緒に足まで折れてしまったかのように力が入らない。
「…………っ、……おばあ様……」
泣いても何も変わらないのに、涙が溢れてくる。へたり込んで涙を流し続けるセレスティナに、背後から声がかけられた。




