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魔物の発生率が高いわけではないのだが、いかんせんファルカンド公爵領は広い。そのどこかで瘴気が凝って魔物が発生すると、オリヴィアは騎士たちを取りまとめて出陣する。討伐の過程で誰かが呪いの傷を受けてしまうと、解呪師に依頼して来てもらうか、傷を受けた者自身が解呪師のもとに出向いて呪いを解いてもらうしかない。ファルカンド公爵家は負傷者への手当が厚いが、それでも間に合わずに痣を残してしまったりすることもある。
(でも、まさかそんなことが……)
自分に向かってひれ伏す騎士たちを見下ろしながら、セレスティナは途方に暮れていた。
「本当にありがとうございます……! いかほどお支払いすればよいか……!」
「いえ、私は本当に何もしていなくて……」
「そんなわけなどありますまい! 我らの古い痣が全部きれいに消えてしまったのですから!」
……と、いうわけだ。セレスティナは彼らと一緒に行動するうちに、無意識のうちに、彼らの呪いをすべて引き受けて払ってしまったらしい。まったく気づいていなかった。
とはいえ、セレスティナが気づけなかったのは無理もない。ソレム家ではこじれた強い呪いをすべて自分の身に引き受け、そんな状態を生まれる前から十七年以上も続けてきたセレスティナには、意識して他者の呪いを引き受けるという感覚がない。カレドから魔力の感覚については教わったし実際に呪いを相手に解呪も行ったのだが、まだまだ無意識に処理してしまう部分も多い。それに、単純な呪いをいくら引き受けたところで、ソレム家に渦巻く呪いの百分の一にも満たないだろう。
どうしていいか分からずにいるセレスティナに、オリヴィアが笑って言った。
「彼らは感謝しているのだから、受け取ってちょうだい。私からもお礼を言わせてもらうわ。少しくらいの痣なら気にしないからとか、気づかなかったとか、いろいろな理由で痣を残してしまう人はいるのよ。古くなった痣を治せるだけの高額な費用を際限なく出してあげるわけにもいかないしね。その彼らの痣を治してくれて、本当にありがとう。このことには別途、報酬を出すわ」
「いえ、これ以上いただくわけにはまいりません……!」
ただでさえ、次期公爵夫人としてさまざまに便宜を図ってもらっているのだ。ソレム家で何も持たなかったセレスティナは、ほとんど身一つでファルカンド公爵家に来た。本来なら自分で用意すべきものまで、すべて用立ててもらった。そればかりかセレスティナ自身の権利関係についてもソレム家と交渉してもらい、お金を出してもらっているのだ。そのうえで多方面にわたる便宜を図ってもらって、恩恵が大きすぎる。返せているものが少なすぎる。
「どうか御恩を返させてください。これ以上は本当に受け取れません!」
「そんなことはないと思うし、こちらこそ恩を受けている立場だけど、この場は引き下がっておきましょうか」
オリヴィアがちらりと意味深に視線を逸らす。つられてそちらを見ると、セレスティナに心酔した視線を向ける騎士たちがいた。なにやら、とんでもなく謙虚で聖人のような人物だと認識されてしまったらしい。
(やめて……! 違う、違うから……! もともと私はたくさんのものを頂いているのだから……!)
だが、弁解すればするほどどつぼに嵌まる気がして何も言えない。真っ赤になってふるふると震えるセレスティナに構わず、オリヴィアは騎士たちに向かって声を張った。
「今回は彼女がついているから、みな安心して魔物討伐に当たってほしい! くれぐれも言っておくが、怪我をしていいという意味ではない! 緊張に固くなることを防ぐ、自分の実力を発揮するための精神安定剤だと思え!」
オリヴィアは相変わらず、はっきりした物言いをする。それが騎士たちに通じるらしく、「はっ!」と揃った返事が返ってきた。
そして、魔物討伐が始まった。
セレスティナが初めて見る瘴気は、たとえるなら湯気に似ていた。ひとところから立ち昇る不定形の靄だ。だが湯気とは違い、瘴気は黒かった。黒い靄が漂い、集まり、獣のような輪郭を形作っている。これが魔物だ。
瘴気が溜まりやすい場所にはあるていど似通った傾向があるようだが、定まってはいない。そして瘴気は移動もする。魔物の形を取らないうちは意思を持った移動をせず、風で落ち葉が吹き寄せられるような移動の仕方をするそうだ。その理由は瘴気の濃度と言われているらしいが、はっきりはしていない。
魔物は発生源からあまり離れることはないが、影響は甚大だ。人を襲い、動物を襲い、辺りの植物を荒らす。食べるのではなく、傷つけて瘴気に冒す。瘴気に冒された傷は治りが遅く、広範囲だと致命傷だ。呪われた傷は治っても痣として残ってしまう。解呪師が必要とされるのは、まず第一に怪我を早く治すため。そして傷口を痣として残さないためだ。
敏感な者は、濃度の高くなった瘴気に触れるだけで皮膚が爛れてしまうという。そうでなくても瘴気は存在するだけで人を平静でいられなくさせるものらしい。
(そう聞いていたけれど……これは……)




