表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
26/45

25

「……!?」

 いきなり口を塞がれて茂みに引きずり込まれ、セレスティナはくぐもった悲鳴を上げた。しかしその悲鳴は会場の中までは届かない。不審者に襲われ、何をされるか分からない恐怖に怯えるセレスティナの耳を打ったのは、あまりにも聞き慣れた声だった。

「やっと見つけた……!」

 押し殺された声だが、そこに籠る憎しみは聞き忘れるはずもない。セレスティナの父、ルイス・ソレムのものだ。

 いつも瀟洒な格好をしていた伊達者の彼だが、今は全身を覆うローブを引き被っている。パーティに参加しに来たとはとうてい思えない。そもそもソレム伯爵家はファルカンド公爵家とセレスティナ以外の接点がなく、パーティに招待されるいわれもない。

「何、し、に……」

 くぐもった声しか出せないが、意味は伝わったらしい。ルイスは乱暴にローブのフードを外した。月明かりに照らされた顔にセレスティナは驚きの悲鳴を飲み込んだ。かつてセレスティナにあったものと同種の、しかしそれよりもさらに赤くでこぼこして大きな痣が、顔を覆わんばかりに浮き出ている。いったいどうしてそんな風になっているのだろうか。

 驚くセレスティナにルイスは血走った目を向けた。口が解放されて咳き込むセレスティナに詰め寄る。

「お前がやったんだろう!?」

「!? 違います! 私、何も!」

「だったら治せ! 聞いたぞ、前公爵夫人の痣が消えたそうだな? お前の痣も消えて、誰だか分からなくなるところだった。お前がやったとしか思えん!」

 滅茶苦茶だが、結論だけは合っている。確かにオリヴィアとセレスティナ自身の痣を治したのは、セレスティナだ。それでもカレドに言われた通りに行っただけだし、解呪の魔術を自分だけで使いこなせる領域に達してはいない。治せと言われても無理だ。

(……それに……何だかすごく、嫌な気配がする……)

 解呪をしたときに垣間見た、汚泥のようにわだかまる「呪い」。大元のそれと同質の雰囲気を彼から感じる。……近づきたくない。……治したいと思えない。

「いいからさっさとやれ! 私の言うことが聞けないのか!?」

 何度となくそうしてきたように、ルイスが手を振り上げる。セレスティナは悲鳴を上げた。

「そこまでだ。お前はそこで一体、何をしている……!?」

「い、痛っ……!?」

 ぎりぎりとルイスの腕を締め上げているのはナイジェルだ。遠慮会釈なく腕を固められてルイスが悲鳴を上げる。腕がへし折れてもおかしくないくらいの力がかかっていそうだ。

「無事か!?」

 ナイジェルの真剣な表情に、セレスティナは……逃げ出した。しかしセレスティナの靴は庭を走れるようにはできていない。土の盛り上がりに足を取られて転びかけたところを、ナイジェルに抱き留められた。ルイスが逃げ出そうとしているが、そちらには目もくれない。ひたすらにセレスティナだけを案じているナイジェルに、胸が苦しくなった。

 空の高い位置に昇った満月が、二人を照らし出す。自分の暗い部分までをも照らし出そうとするかのような月光から顔を背け、セレスティナはかぼそい声で答えた。

「……無事です。助けてくださって、ありがとうございます。でもどうか……お捨て置きください……」

「そんなことができるものか!」

「どうかお願いします……! 私は旦那様の前に出られるような存在ではありません! 父の痣を治したいと思えない、王女殿下と旦那様とのご婚約を喜べない、オリヴィア様の痣を治して本当によかったのかなどと考えてしまう……こんな私には助けていただく価値なんてありません!」

 嫌いになったでしょう、とセレスティナは目を伏せて弱々しく呟いた。汚いところをすべて見せてしまった。詰られ、非難され、嫌悪されてこの関係が終わってしまう。ナイジェルの近くにいられた幸せな日々が、終わってしまう。しかしそれはセレスティナの弱さが招いたこと……受け入れなければならないものなのだ。

 悄然とするセレスティナを、ナイジェルは……抱きしめた。セレスティナの抵抗を許さず、絶対に逃がさないとばかりに力を籠める。

「旦那様!? どうかおやめください……!」

「いや、やめない。それに君は汚くなんかない。人間とはそういうものだ。あの明るい満月さえ、暗い半面を隠し持っているものだ」

 ナイジェルは諭すように一つひとつ言葉を重ねた。

「長年のあいだ自分を虐げ続けていた者を救いたいなど、思えなくて当然だ。関係が逆転しても驕り高ぶったりしない君の善性は明らかだ」

「でも……」

「母の痣が治ったとき、君の方が母以上に喜んでいたようにさえ見えた。その時の感情まで、後からなかったことにしようとしなくていい。君がどれほど頑張って母の呪いを解いてくれたのか、私は知っている。その頑張りこそが真実だ。後の君がどう思おうと、そこだけは揺るがない」

「私は……」

「第三王女殿下と私の婚約を喜べないというのは、妬いてくれたと考えていいのか?」

「…………!」

 月光の下で、ナイジェルはセレスティナを追い詰めた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ